戦歌を高らかに転調は平穏に 第十一話

 講評試合会場に戻り、各々が配置に着く。
 無音の楽団は、サレトナが上手の最奥にある棚の間に陣取り、カクヤ、タトエ、ソレシカはサレトナの前に鶴翼の陣を張った。
 スィヴィアはマルディだけが前衛で、あとは後ろに一列にまとまっている。マルディの壁を越えなくてはならないが、その後は各自の相手をするだけだ。
「これからスィヴィアと無音の楽団の講評試合、後半戦を開始いたします」
 再び旗が下ろされて、試合は再開された。
「敬虔なる星の輝き!」
 開始早々にタトエの援護を受けて、カクヤは駆ける。マルディの傍らを抜けて、クロルのところまで跳んでいった。
 スィヴィアのマルディを除いた面々の攻撃がカクヤに向かう。特に、ロリカの杖による攻撃は痛かった。相当な力で殴られた。
 カクヤが三人を引きつけている隙に、タトエがアユナに遠慮なく打鍵を食らわせる。ソレシカもロリカに向かって、斧による衝撃波によって意識を自身に向けさせた。
 残るマルディは一瞬、ためらっていた。どこに加勢するか判断に迷っているのだろう。
「私によって空より墜ちる、月砕砲」
 膠着した一瞬、サレトナの強力な月魔術が再び炸裂した。
 衝撃に揺さぶられ、体勢を立て直そうとする間に、またサレトナの魔術が攻撃に加わっていく。
「氷華彩塵!」
 空中に氷の欠片が乱舞しながら、普段よりも多く凍の光線を放っていく。
 クロルは後退しようとするのだが、サレトナの魔術に阻まれて器用に動けない。援護に入ったロリカはソレシカに狙われる。二人は杖と斧を噛み合わせていた。
 いままで留まっていたマルディが、ロリカに加勢する。これで、ソレシカは二人を縫い止めてくれるはずだ。ロリカも詠唱をする時間より、物理で叩き潰す方法を選んでいる。
 カクヤはクロルに向き直る。
「リーダー同士の試合になったな」
「……そうだな」
 意外にも、クロルは普段の憎まれ口を叩かなかった。
 詠唱を始めるが、カクヤはその時間を与えることを許さない。標本火焼を繰り出して、クロルの中心を突く。以前はできなかったことだが、ソレシカからの助言も受けて、損傷を与えた後に火による傷を残していく。傷は喉にまで影響を及ぼし、流暢な発声を妨げることになるだろう。
 クロルの顔が悔しさによってか、歪んだ。
 猛るようにして、詠唱が紡がれる。
「恋うは透明なる液体、クリアウォータ-!」
 クロルの声の掠れが止んだ。どうやら、健常に戻す一手をクロルも用意していたらしい。
「準備いいな」
 カクヤは刀でクロルに向かって斬りつけながら、つい本音を洩らしてしまった。クロルは短い詠唱で、鎖を呼ぶと、カクヤに向かって放つ。太刀筋で逸らした。
「もっと楽に勝つつもりだったんだけどな」
「うん。俺は、もっと苦しくても。勝つつもりだ」
 がきぃんと音が鳴り、カクヤの刀とクロルの鎖が衝突する。徐々にクロルの鎖にカクヤの刀が進撃していった。それでもクロルは鎖の力を緩めない。
「氷の華が彩る塵は、全てを凍らせ、時を止める!」
 三度、サレトナの氷華彩塵の氷の欠片が降り注ぐ。普段は単体を相手にする魔術だろうが、いまは欠片は会場を取り囲むと光線を乱反射させて、会場を白く染め上げていく。
 サレトナの攻撃は決定打にはならない。それでよかった。この場では相手の手数を封じることが肝要だ。
 カクヤは威力の大きい鎖魔術や水魔術を使われないように、クロルを追い詰めていく。障害物である本をクロルが背にしたところで、技を放った。複数を相手取る虎咆炎によって炎の攻撃から逃れることを許さない。
 クロルの仮想体力は削られていく。
 だが、カクヤの運が好調なのもそこまでだった。
「悪い」
 ソレシカの声が届く。
 二対一で、相手取っていたが、流石にロリカとマルディの攻撃には耐えられなかったのか、また倒される。スィヴィアの空板に赤い光が一つ増えた。
 倒されたことによるペナルティはないため、ソレシカは即座に戦線に復帰できるが、辛いことには変わりはない。これで倒した数は並ばれた。
「大丈夫だ、まだいける!」
 気持ちで押し負けることにはなりたくない。
 カクヤはソレシカに向かって鼓舞し、クロルを自由にさせないようにした。逃げようとすると前に塞がり、刀で牽制する。
 講評試合会場は秩序ある混戦を極めていた。
 攻め、受け、舞い、止まる。
 確実に削っているというのに倒しきれない相手を前にしながら、それでも苛立ちを見せずにタトエは淡々とアユナを攻めていく。
「抑制のスターレイン!」
「っく!」
 アユナの魔法を止めてから、タトエは前に出る。思い切り振りかぶり、白い重ねの杖で殴打した。アユナも防御はするが、損傷は蓄積する。直接の攻撃手段を持っていない点が、アユナに取って不利だった。
 タトエがまた間合いを置く間に、サレトナの氷華彩塵が舞い降りてくる。阻まれたアユナは縫い付けられた蝶も同じだった。
「さようならシュト」
「させないよ!」
 一旦、体勢を立て直そうとするのか、存在を消失させる魔法をアユナは詠う。だけれども、タトエは単純な物理で妨害した。杖がアユナをまた横薙ぎに叩く。
 タトエとアユナは同じクラスの仲間であり、普段は親しい友人だ。だけれども、今日は、譲り合うことができない。勝利の旗が一つだけしかなくて、その旗をつかめる手も一つならば、相手を振り切らなくてはならないのだ。
 戦いは過酷だ。友であるのならば、一層残酷さが染み渡る。
 だけれども、タトエは攻めきった。
 タトエの振りかぶった杖の一撃によって、アユナの仮想体力はゼロまで落ちる。
 無音の楽団の空板に、青がまた一つ点灯した。

第六章第十二話



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