旋律は音を移して戦歌となる 第十五話

 現時点で、無音の楽団の得点は四十点になる。好調な滑り出しといえた。
「それじゃあ、がんばってくるね!」
 タトエが爛漫な声と共に前へ出る。
 カウントが刻み終えるのを待つ時間が続く中、最もユユシに対して苦戦する相手がタトエだということをカクヤはわかっていた。サレトナからのサポートはカクヤに回すと決めた。タトエは一人で駆け抜けなくてはならない。機動性は高いが、補助や中距離攻撃を得意とするために、近接戦闘は不利だ。
 それでも、タトエは前に進むと決めた。
「がんばれ!」
『無音の楽団の手番です』
 カクヤの声援とスタートを切る声が重なった。
 タトエは走り出して、フィリッシュが待ち受ける舗装路に入る。フィリッシュは再び、気による障壁を張った。
 容易には砕けない薄く強固な壁に、対し、タトエは自身に星法をかける。
「瞬け星、照らすは我!」
 薄く青い光がタトエをまとう。そうして、再び手をかざした。
「スターライン!」
「っく!」
 清風に対して向けた星法を今度は障壁に向ける。五本の星の流れはタトエを中心として、流れ、障壁にひびを入れていく。
 そのひびができたところにタトエは杖をかざしながらぶつかっていった。
 一度目は崩れない。二度目は揺れて、三度目に障壁は音を立てて割れた。タトエは走る。舗装路を音を立てて抜けようとするが、フィリッシュが直接、しがみつきにかかった。横からの猛攻に対して、タトエはまだ走る。
 場所が幸いした。
 タトエは間一髪で、万理の陣地に入っていった。その背中をフィリッシュは悔しげに見送る。
 今度の相手は、万理だ。相変わらずの緩い調子で大槌を振り回しながら言う。
「いいとこ見させてもらうよー」
「お互いにね」
 荒野にて、白い十字の杖と黄色い大槌がぶつかり合う。万理の防御は堅く、タトエの不意を打つ星法にも揺らぐことはなかった。
 立ち塞がる。前へ進めないように、空いた隙を確実に潰していく。それでもタトエは隙を作ろうと、万理に打突と星法で攻めていった。
 最後に決めたのは時間だった。残り二十秒のところで、タトエは万理の陣地にフラッグを立てた。
 無音の楽団は二十点を追加で得て、現時点で六十点となる。
 最後の出陣は、カクヤだ。基本点で並ぶには、最低でもあと三十点は獲得しないといけない。
 隣に立つソレシカが言う。
「カクヤ」
 戻ってきたタトエが言う。
「カクヤ」
 サレトナを見下ろすと、力強く頷かれた。信頼が杏色の瞳に宿っていた。
 最後のカウントを聞きながら、カクヤは前を向く。
「いってくる」
 陣地を割る直前で足を止めるとカウントが終わるのを待つ。
 時間としては二時間もかかっていないのだろうが、心身共に疲弊する。これが戦いだ。実際の戦場であったら、現在の相談や準備の間すらも与えられない。暦が変わる以前に争っていた人たちは常に緊張と共に生きていたのだろう。
 カクヤも講評試合によって、初めて戦場の雛形を教えられている。
『無音の楽団、最後の手番です』
 声が響き、カクヤは走る。
 勝つためには清風の下まで辿りつかないといけない。いまも、堂々と見下ろしている友人の前に立たなくてはいけないのだ。
 前進するカクヤの前に、今度は障壁を使わずにフィリッシュが立ち塞がる。対峙すると同時に跳んできた鋭く下に曲がる蹴りをカクヤはかわした。直後に、いままで使われることのなかった拳が目の前をよぎる。蹴りほどの鋭さはないためにつかむことができた。行動を制限する。
「ノートル」
「なによ!」
 近い距離で響くその声は物理的に耳が痛くなる。
「俺は、サレトナの敵じゃない」
 不意に出た言葉は意味がわからないものだった。フィリッシュの力も緩められる。困惑が見て取れた。
「ノートルだって、サレトナの友達なんだろ」
 三白眼が、一瞬だけ揺れる。その後にカクヤを真っ直ぐに見た。試合の中で一番、清々しい色をした目だった。口元には笑みも浮かんでいる。
「そうよ。私はサレトナの、一番の友達なんだから! 勝っても大丈夫なくらいにね!」
 フィリッシュの蹴りが入る。カクヤは受け止めて、支柱を崩すことに専念した。立派な体幹をして、中々揺らすことができないが、カクヤは刀を引いて、再び斬りかかる。
 刃物を向けられる恐怖はまだこらえきれないのか、フィリッシュは左に避ける。カクヤはさらに左に向けて刀を振ると、空いた隙間に自身を捻じ込んで、舗装路を駆けだした。
 フィリッシュは追ってこない。両手を腰に当てて、見送ってくれている。
 次の荒野で万理が待つ。カクヤは、駆ける速度を上げた。万理が大槌を振り上げる。
「我が祈りのために祈る!」
 いままでタトエに向かって使っていた、聖法向上の法を自身にかける。勢いを落とさずに、万理に向かって進攻を続けた。
 隙を縫い、一閃を震わせる。
 万理は崩れ落ちた。
 カクヤは振り向かずに、ルーレスの待つ草原へと走っていく。
「いいとこないなあ」
 万理のぼやきだけは聞いた。少々、申し訳なかった。

>第五章第十六話



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