友情共栄のために

 流月の後半にもさしかかると、気まぐれという名を付けられた花が真白に咲き始める。
 花を開かせた後は、徐々に白かった花弁を赤や青、時には黄色など自由に色を変えていくために「気まぐれ」と呼ばれるようになったとされる。
 教室にもまだ色を変えていない気まぐれの花が花瓶に挿されて咲いていた。誰かが花を摘んで、活気溢れる教室に彩りを添えたのだろう。
 二学年一クラスの学生である清風は教室の最前列の席に座っていた。向かいには同じチャプターであるルーレスがいる。
 清風は頬に両手を当てながら、夢見る口調で言う。
「青春だよなあ」
「赤の春と書いたら闘争の気配がするというのに、青い春は初々しい印象を与えるから不思議だね」
「お前はすぐそういう話に持っていく! いまはカクヤとロスウェルちゃんのデートについての話だろ」
 清風がへそを曲げても、ルーレスはにこりと不可侵の笑みを浮かべるだけだ。
 まったく、仲間ながらやりづらい。
 溜息をこらえながら、清風は話を戻した。
「ついに、デートしたんだってさ。ロスウェルちゃんは認めてくんなかったらしいけど」
「それはデートなのかな?」
「好意を寄せ合っている二人が出かけたら、デートだろ」
 清風もはにかみながら顛末を教えてくれたカクヤと同意見だったのだが、ルーレスは違うようだ。首をかしげている。
「好意にも色があるからね。もし、ロストウェルスさんの好意の色が親愛だったら、デートではないよ。ただ、カクヤは好きなんだね」
「恋寄りの好き、みたいな?」
 当人がいないのを勝手に盛り上がる。
 清風にとって、カクヤは放っておけない相手だ。同じくチャプターのリーダーを務めているというのにいまいち、決まらない。本来の正確は闊達な相手にも見えたのだが、実際に接すると肝心な時に一歩引いてしまう悪癖が見受けられる。一度、大きな失敗をした存在が持つ及び腰だ。
 そして、ロスウェルちゃんことサレトナ・ロストウェルスのことも同級生として気にかけている。サレトナはカクヤよりもしっかりしているのだが、世間についてまだよく知らない危うさと、汚してはならない不可侵の潔癖さを感じさせる。
 そういった二人であるために、傍から見ていてもどかしい。大変もどかしい。お互いに淡く代替不可能な感情を抱いていそうだというのに、揃って無自覚だ。
 だから、カクヤとサレトナに関してはどん、と背中を押してくっつけてしまいたくなる。そういう清風も恋人はいないのだから、余計なお世話だろうが、したいものはしたいのだ。
 などといったことを、ルーレスに話していたが、ルーレスは手元の箱パズルを回していた。聞いているようだが、関心は薄い様子だ。
 ルーレスが他人の恋路に割って入る様子は浮かびにくいので、聞いてくれるだけでもありがたかった。
 清風は興味を箱パズルに移す。青と紫色をした六面体はルーレスが常に肌身離さず持ち歩いている武器だ。試しに清風が箱パズルをつつくと、一瞬、尖って威嚇された。指を引く。
「にしても、もう来月に講試なんだなー。クロルの相手は面倒だなー」
「具体的に何が面倒なの?」
「まだ試合内容はわからぬが、あいつは周到に用意をしてくる」
「対して、こちらは行き当たりばったり」
「そしてばったり!」
 あっはっはっは、と二人揃って声を上げて笑う。
 直後に、ルーレスの額を弾く一撃が清風に炸裂した。
 容赦のない攻撃はじんじんと痛みを訴えてくる。清風はひりつく額を押さえながら教室を見渡した。
 静かだ。自分たち以外は誰もいない。
 だからこそ、言える。
「まあ、今回はルーレス君という兵器がありますし?」
「僕は兵器じゃない」
 淡々としているが、嫌悪感の色があったので清風は素直に頭を下げた。
「悪かった」
「いいよ。でも、僕を本気で活用するのなら、そのための時間は稼いでね。あの魔法の展開には時間が必要なんだ」
「承知」
 答えながら、清風はまたルーレスの箱パズルをつつく。
「結局、ルーレスの魔法ってなんなの?」
「珍しいものを魔法にしたかったから。それだけ」
 秘密主義の強いルーレスは自己を開示したがらない。「教えて」と言っても曖昧な笑顔で終わらせられることが多い。不用意にルーレスの領域に踏み込むと、尻尾を踏んで機嫌を大いに損ねるのだろう。
 だから、清風も問い詰めることはしなかった。
 ルーレスがとても便利ということで納得することにした。
「俺がお前を買ったのは、もっと別の理由だったんだけどな」
「ああ。あれとか?」
「そう。あれ」
 言ってから、清風は自身の剣を呼び出す。机の上に置くと柄と剣先がはみ出た。なので、すぐにしまった。
 何をしたいんだ、という目でルーレスは見てきた。清風は伝えたいことを言う。
「いつか、俺が鍛冶士になれたらよろしくな!」
 ルーレスは答えなかった。
 いつもの通り、微笑するだけだ。
 清風も追求しないで笑う。
「待たせたわね」
「遅れましたー」
「おー」
 ルーレスと話している間に、フィリッシュと万理がようやく来てくれた。清風が手招きする。
 清風の隣の席にフィリッシュが、ルーレスの隣の席に万理が腰を下ろした。
「講試の相談でもしてたの?」
 フィリッシュの問いに、清風とルーレスは顔を見合わせた。
 答える。
「なんでもない話だよ。なんでも、ね」



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