空腹を覚え始めた頃合いだ。混雑する前に席を確保しておきたい。
「カクヤは食べたいものある?」
「肉」
「はい」
くすりと微笑されてから、歩く。路地の間という潜まったところにある洋食屋を見つけて、その店に入ることにした。
「いらっしゃいませ」
「二名で」
言葉が途中で途切れた。
出迎えた店員も、目をしばたたかせている。濃茶の制服に、白いエプロンを着けた少女は同級生のロリカ・命唱だった。
ロリカは即座に我を取り戻したのか、店内に案内する。
「サレトナにアラタメがここに来るとは。不覚」
「私だってびっくりよ。一応、二人です」
「そうじゃなかったら大変」
ロリカの言うとおり、三人目の客がいたら恐ろしい。
奥の四人がけの席に案内をされた。テーブルは木造だが頑丈そうで、傷や板の色から長い年月を過ごしてきたことを教えてくれた。ソファは柔らかい。
ロリカはグラスに入れた水を置いてから立ち去る前に、指先を口の前に立てた。
「このことはここでの秘密」
「わかった」
セイジュリオではアルバイトは許可されている。しかし、ロリカは自身が働いていることをあえて知られたくはないのだろう。
そのように受け取っていたら、無表情にわずかな呆れが混ざった。
「秘密なのは、フィリッシュに」
「そこまですることじゃないわよ?」
「だとしても。秘密」
強く念を押されて、カクヤとサレトナは頷いた。ロリカは安心できたのか、奥へと戻っていく。
フィリッシュへ今日のことを知らせない方がよいと、外野のロリカが判断したのならば、その助言に従うべきなのだろう。
だが、それは暗にロリカもカクヤたちの外出を特別なものと見なしているようで、照れた。外から見たら、やはりこれはデートなのだろう。
机の上にあるメニュー表を開き、料理を選んでいく。今日はロースなどがよいだろうか。それとも、鳥の香草焼きにするか、悩む。
「ねえ。カクヤ」
「ん?」
「今日は、楽しい?」
「ああ。楽しいよ」
「よかった」
安心して頬を緩めるサレトナが、可愛い。
カクヤは給仕された水に口をつけた。それから、再びメニュー表とにらめっこを繰り返す。サレトナは決めたのかメニュー表を壁側の仕切りに刺した。
カクヤもメニューを決めたところで、机の上に置かれている小さな鐘を鳴らした。ロリカが来てメニューを聞いてくる。
「鶏のクリーム煮をお願いします」
「ロースで」
「わかりました。お冷やのおかわりは」
「大丈夫です」
メニューを伝えにロリカが去っていく。
これで、当分は二人きりだ。まだ出かけてから三時間も経っていないというのに、体にはおかしな緊張が走っていたようで力が抜ける。
だらしなくはない程度に、机に頬杖をついたカクヤをサレトナはじぃっと見つめてきた。
無垢な視線に緊張してしまう。
「前から思っていたのだけれど。カクヤって、猫かぶりよね」
「はあ?」
初めて言われた印象に、おかしな声が出る。
サレトナはその反応が意外だったようだ。
「ソレシカとタトエも同意してくれたわよ」
「あにゃろ」
頭の中で表情を変えないまま指を二本立てているソレシカと、片目を閉じるタトエの様子が浮かぶ。いつの間にか裏切られていた。
しかし、猫を被っているなどと言われる心当たりはない。
カクヤが首を傾げていると、サレトナはさみしそうな表情を浮かべていた。
「猫なら、サレトナだって八枚くらい被ってるだろ」
「私は自覚していることだからいいの。カクヤはね、サイズの違う着ぐるみに自分を押し込んで我慢しているから、おかしな目で見られているのよ」
我慢から抑制へという言葉に繋がり、ミュイ、セキヤ、クロル、清風というこれまで自分の負け癖などを指摘してきた人物たちが頭に浮かぶ。数は多い気もするが。
とはいえど、その着ぐるみの脱ぎ方がわからないから困っている。周囲から見たら、窮屈なまま暑そうに着ぐるみを着ているカクヤが映っているのだろう。だから「脱げ」と散々言われているのだ。
言われるまでは気づきもしなかったことだった。
「脱ぐときが来たら颯爽と脱いでやるさ」
「そう? できるなら、すぐにでも剥ぎ取りたいくらいなのにね」
「怖いこと言うな」
そこまで話したところで、食事が運ばれてくる。今度はロリカではなかった。
カクヤの手前に鉄板焼きが置かれて、サレトナのところには鶏のクリーム煮が並べられる。カトラリーを置かれて、店員は離れていった。
「いただきます」
「恵みに感謝します」
二人で、揃って食事に手を付けた。
カクヤの鉄板焼きは独特な塩気のあるソースがかかったステーキで、厚みがある。その後にスープに口を付けると、淡泊な味わいが喉を通り過ぎていく。合間に食べるサラダもしゃきしゃきと新鮮だった。
サレトナは上品に、鶏のクリーム煮にパンを浸して食べている。
「うまいな」
「ええ」
いま、二人で出かけて、食事をできていることに幸福を感じた。
鳴り響け青き春の旋律よ 第十五話
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