時は緩やかに過ぎていき、史月となる。
セイジュリオの入学式は史月の第一週の木曜日に執り行われた。華やかに。鮮やかに。街中が新たな一年を過ごす学生たちを言祝いでいた。
いまだ、制服を仕立てていない学生たちだが、何事もなく昇降口をくぐり抜けて、セイジュリオの内部運動場に集い、粛々と式典を済ませていく。
入学式は何事もなく、無事に終わった。
学年で分かれて退場していき、先頭にいる教師の後をついていく。
カクヤたちが案内されたのは東棟の三階にある最奥の教室だった。机と椅子は合わせて二十組ほど置かれていて、背後にあるロッカーは空のままだ。これから、学生たちの活動の痕跡が刻まれていく場所になる。
カクヤを初めとする学生たちは白板に書かれている通りに着席する。カクヤの右隣にサレトナが座った。
全員が着席したのを見届けて、初老の金髪の教師が教卓に立つ。
カクヤはその人物に見覚えがあった。転入学試験の際にカクヤたちの解答を聞いた試験官だ。
教師は話し始める。
「この度は進学、または転入された皆様。おめでとうございます。私は二学年一クラスを担当する、ヤサギドリ・シェクターといいます。これから、一年間よろしくお願いしますね」
名前に違わず、鳥が頭を下げるように優雅に一礼した。それを見ている学生は同様に頭を下げる者も、そのままでいる者もいた。カクヤは頭を下げた。
「まずは出席の確認をします。最初が肝心ですからね。その後に、制服作りのために別室へ移動です。また今日の席は固定ですが、明日からは自由に着席してください。それでは」
ヤサギドリがクリップボードに視線を落とす。
「ソレシカ・シトヤさん」
「はい」
長い赤い髪と、しっかりした体躯が目立つ。声は低く、ゆったりとしたしゃべり方だ。
紅狼は両手の中に東西の星。
そういった詩が、カクヤの中に浮かんだ。
「清風・ロックスさん」
「はーい!」
先ほどのソレシカよりも元気に答えて、教室の雰囲気が緩む。そうした性質の持ち主なのだろう。
「ロリカ・命唱さん」
「はい」
おっとりとした印象の少女だった。全体的にまとまりがよい。シルエットが綺麗だ。
「フィリッシュ・ノートルさん」
「はい」
きつく答えた少女は長い金色の髪を結わいている。サレトナは驚いた様子で、フィリッシュの背中を見ていた。
「ルーレス・コトアさん」
「はい」
独特な発声をする青年だった。のんびりとしているが、スパイスが効いている。
「カクヤ・アラタメさん」
「はい!」
それぞれの特徴をつかもうと耳を傾けていたら、名前が呼ばれた。返事を聞いたヤサギドリはにっこりと微笑んでいる。
その後も点呼は続いていく。
「最後に、サレトナ・ロストウェルスさん」
「はい」
サレトナの普段よりも高い声音に、これは猫かぶりをしている状態だと、カクヤもようやくわかってきた。
サレトナの返事を聞いてから、カクヤの前の席にいるフィリッシュがうずうずとしている。もしかすると、二人は知り合いなのかもしれなかった。しかし、まだ点呼が終わった段階なので動けない。
「はい、初日から全員がいてすばらしい。それでは移動しましょう」
一斉に席を立つ音がする。清風を先頭にして廊下に出ると、三階から一階へと下りていく。その途中に、フィリッシュは何度も振り返っていた。三白眼でサレトナにアイコンタクトを送っている。サレトナも気付いているのか、小さく手を振っていた。
誰かと何かを話す雰囲気もまだできていないため、学生たちは黙って移動する。そうして西棟に着くと「付与室」という小さな看板が付けられている部屋に入った。
付与室には女性と男性が二人ずついた。
ヤサギドリは学生たちに席に着くように指示をしてから、説明を始める。
「はい。これからプリントとペンを配ります。それを見本にして、自分に合う制服を作ってください。まずはデザインを決めて、その次にこちらにいらっしゃる仕立屋さんに制服に付与する効果を伝えてください。そうしたら、綺麗な制服を春、夏、冬と仕立ててくれますよ」
ぱん、と手が打ち鳴らされた。
カクヤ、清風、ロリカがプリントとペンの束を渡される。そうして、同じ作業台に着いている同級生に配っていった。
カクヤの隣にはソレシカが座り、向かいにはサレトナがいる。
ソレシカにはプリントを渡す時に声をかけられた。
「よろしくな」
「ああ。よろしく」
カクヤはプリントに目を通す。共通した決まりは各自の所属を示す肩当てとリボンは必須という点だけだった。それ以外のシャツやブレザーは好きなデザインを組み合わせて作ることができる。
肩当てとリボンには三色あり、学年ではなくて属性で選択する。赤は「情熱」であり「アーデント」と呼ばれ、黄色は「勇敢」であり「ブレイブ」、青は「知性」の「クール」とされる。これらの属性はチャプターを組むときなどにも必要であり、すでに入学試験の時から割り振られている。カクヤならば赤のアーデントで、サレトナは青のクールだ。
プリントを読み込んでから、各自の作業は黙々と進んでいく。
「相談は自由にしていいですよ」
ヤサギドリが言うと、一気に挨拶や声がけが始まった。誰しもが声をかけるタイミングを探っていたようだった。
これから一年間を共に過ごす仲間であるのだから、親交は早目に深めたい。
「サレトナ、やっと話ができる!」
一際大きく声を上げたのは、フィリッシュだった。カクヤたちの隣の作業台に座っていて、サレトナとは背中合わせでいたのだが、いまにも抱きつかんばかりに距離を縮めている。
サレトナも嬉しそうに笑っていた。
「そうね。でも、フィリッシュがセイジュリオに来るなんて知らなかった」
「前期入学で決まっていたけど、言わないように厳しく止められていたから。私だって、サレトナにずっと黙っているのは辛かったんだよ」
フィリッシュは話している間に、サレトナの隣の席へと移動した。いままで同席していたルーレスは気にした様子もなく、作業しているため、カクヤも気にしないことにした。
それからはいたるところで会話が交わされていく。ソレシカもカクヤに尋ねてきた。
「カクヤはどこから来たんだ?」
「ルリセイ。ここからは北にある」
「俺はスートーカ。コルクスの近くにある、大きめな街だな」
制服のシャツの色を決めながら、カクヤは尋ね返した。
「そっちは行ったことがないな。どんなところなんだ?」
「商売上手が多い」
わかりやすい表現だが、街の印象ではない。カクヤは苦笑した。
「シトヤは前期入学か?」
「ああ。あと、ソレシカでいいぞ」
「俺のことはもうカクヤだったな」
「そんな雰囲気だったからな。にしても、入学式に制服作りとは」
いまも制服のデザインに悩んでいるのか、ソレシカはペンを指で回している。一つに結わいた赤い髪だけでも派手なのだが、着ている服装も異国情緒を感じさせる、目を惹く格好なので、衣装にはこだわりがあるのだろう。
今日の進行表には、確かに制服製作という文字はあったが、時間をかけて自作するとはカクヤも思わなかった。実際に裁縫をするのは仕立屋なのだが、それまでのデザインは自分でしなくてはならない。個性と適性に合った制服のためだとしても、手間と費用はかかる。
だけれど、自分の制服を考えるという作業はなかなか面白かった。ただ、洒落者といった組み合わせは難しい。ブレザーとスラックスは白にして、中のシャツは黒にするなど、カクヤなりに工夫をしてみる。
「おっもしろくない制服を作るなー」
だが、いきなり言われた。
カクヤとソレシカが振り向いた後方には、女性の仕立屋が立っている。女性はカクヤの顔をのぞき込んできた。青い目が強く見つめてくる。
「私は仕立屋のミュイ。君はなんていうの?」
「カクヤ・アラタメです」
「ふーん。アラタメさん」
ミュイはカクヤのデザインした制服と、カクヤを見比べる。そうして眉を寄せた。内心まで読み捉えられそうな青の瞳に見つめられながら、カクヤはどぎまぎしてしまう。
「貴方は、何を抑圧しているの?」
ミュイの唐突な指摘に心当たりなどなかった。カクヤは困惑して、手を止める。
ただ、同時に心の臓を強く突かれる感覚も覚えた。自身を抑えている理由や原因など、ないはずだというのに、それは偽りだとも承知している。
カクヤは自身を抑圧している。気がつかない間に、己の呼吸を止めている。
ソレシカは口を挟まない。カクヤとミュイの様子を伺いながら、制服のデザインを決めていた。さっさかと描いている様子がうらやましくなる。
ミュイはまだカクヤのデザインした制服画を見つめていたが、時計を見上げると諦めたように息を吐いた。
「まあ、もう時間がないからデザインはこれでいくしかないとして。付与の効果はどうするの?」
「攻撃中心? くらい」
「本当につまんないものを作るね、アラタメさん」
二度目の指摘がぐさりと刺さる。
ミュイはカクヤが記入していた装飾と付与効果を見比べながら、ずばずばと言う。
「君自身と属性の色を見た限りだと、もっと攻撃と速さを伸ばすようにした方がいいんじゃないかな。アラタメさんは、一人だと長期戦向きじゃない」
「はあ」
「気合いが足りない!」
「はい!?」
ミュイは椅子を持ってきて、角に座る。そうしてカクヤの考えたデザインの指導を始めた。
「すっごくつまんないけど、アラタメさんなりのデザインはできたよね。あとは、セイジュリオで、その制服で何をしたいのか。何をできるようになりたいのかをはっきりさせないと。あれもこれもなんて短い間にできるわけないんだから」
他の学生はいいのかと思うほど、つきっきりで改善案を出せと言われる。
言われっぱなしのカクヤは考えた。
セイジュリオに来てまで自分のしたいことは、正直に言うと漠然としたものしかない。昔はもっと明確な目標があったはずだ。なりたいもの、やりたいこと、守りたい人がいた。
だが、二年前から。
浮かんだ影を振り払うために、一度、頭を振る。思い出を知覚できないところへ逃がしていく。
これから自分がどうなりたいのか。何をしたくて、どこを目指して進むのか。それらは曖昧模糊としているが、決めたことはある。
顔を上げる。いまだフィリッシュと話をしながら、作業を進めているサレトナを見た。視線に気付いたサレトナは小さく首を傾げて、また作業に戻る。
あの試験の際に、街で歩いた時に、自分を傷つける少女を、守りたいと願ったカクヤがいる。
それは、ただの我欲でしかないとしても。まだはっきりとした理由がないとしても、サレトナが自身を傷つけることをよしとしたくない。
守りたいと願うことは強さを求めることだ。しかし、その強さの方向性はまだ決まっていない。この制服を着て、何を守るのか。
カクヤは制服に付与する効果を考える。いくつもの候補を見た。
そうして、速さを優先しつつ、次に攻撃と少しだけ防御を取る。あとは聖法による攻撃を下げることにした。
これらが、現在の自分におけるできることだ。
ミュイは変わらず苦い顔をしていて見ていたが、それでも納得はしたようだ。
カクヤがデザインと付与する効果を記入したプリントを回収し、備考を自身のノートに書き写しながら、ミュイは話をする。
「私はね、パッチワークが趣味で、好きなことなんだ」
「楽しそうですね」
「うん。望むものをつなぎ合わせて形にしていい。自分で最高のものを選んで、作り上げる。だから、アラタメさんも自分を抑圧なんてしないで、思い切って挑戦したほうがいいよ」
激励なのか叱咤なのかは不明だが、ミュイが心配してくれていることは伝わった。
「そうですね」
一時だけの出会いだというのに、カクヤの中にミュイという女性が印象深く残る。
それからしばらくして、制服製作の時間は終わった。仕立屋の一行はプリントを回収して、制服を作り、来週までにセイジュリオへ届けてくれる。
全員が立ち上がり、声を揃えて四人の仕立屋に感謝の言葉を述べた。
ヤサギドリがこれから、最後にすることを説明する。
それは、学年の垣根を越えてチャプターを組むことだった。
奏で始めて新たな音に出会うから 一括掲載版
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