奏で始めて新たな音に出会うから 第七話

 カクヤがサレトナに声をかけて、チャプターの確認をする修練場へ移動しようとすると、ソレシカとフィリッシュもついてきた。
「なんでついてくるのよ」
 フィリッシュは悪意のないまま、不思議そうにカクヤとソレシカに言い放った。
「サレトナと俺はチャプターになることを決めているからだよ」
「え」
「なんだかいやそうだな」
 ソレシカが間に入って言うと、フィリッシュは唇を尖らせる。
「別にいやではないんだけど。そっかあ。アラタメが、サレトナのチャプターかあ」
 いやではないと言いながらも納得はいっていないフィリッシュの様子に、カクヤはサレトナに視線を投げるが、サレトナは苦笑するだけだった。
 四人で修練場へ向かう。二階の東棟に渡り廊下があり、廊下を進んでいくと三階建ての建物がある。二階の修練場へ入った。
 修練場にはすでに学生たちがいて、それぞれ組になって分かれていた。修練場の長方形の床は二面に分けられていて、同時に試合ができるようになっている。
 フィリッシュはサレトナの肩に手を置くと、言った。
「またね。あと、気を付けるのを忘れずに!」
「ええ」
 そうしてフィリッシュは一つの集団へ向かう。そこには先ほどクラスで自己紹介をした清風もいる。彼が中心となっているようだ。
 カクヤはヤサギドリから説明されたことを思い出す。
「チャプターの所属は四人から六人になるから、俺たちは、少なくともあと一人、必要なんだな」
 ここにいないタトエもチャプターの勘定に入れている。クラスの同級生たちから、新たにチャプターに誘われた可能性もあるが、そこはタトエに確認してからでよいだろう。おそらく、タトエはカクヤとサレトナの期待に応えてくれる。タトエも自分たちを仲間として見なしてくれるはずだ。
「チャプターに必要な色も揃っているわよね」
「ああ」
 カクヤが赤のアーデントで、サレトナが青のクール。そしてタトエが黄色のブレイブだ。
 後は人数だけだ、とサレトナと周囲を見渡していると、ソレシカが言い出す。
「俺はまだどこも決まっていないんだけど、そっちが空いてるようなら入ってもいいか?」
 カクヤとサレトナは顔を見合わせる。思いがけない頼みを断る理由はないが、まだ了承できる信頼もなかった。
「シトヤさん」
「ソレシカ」
 頑固ではないが、譲らないとばかりにきっぱりと言う。
 サレトナは自然な調子で言い換えた。
「ソレシカはカクヤと同じ、アーデント?」
「ああ」
 ここまで立派な体格をしているというのに、実はクールでした、などと言われたらびっくりするところだった。それもまた偏見なのだろう。自身を強化して戦う魔法剣士などもシルスリクには存在する。
 ソレシカをチャプターに入れるという、条件は悪くないのだが、ここにいないタトエが納得するだろうか。サレトナはそこが気になっているようだった。
カクヤとしては、ソレシカがチャプターへ加わることになっても反対する気はない。二言、三言交わしただけだが、悪い人ではなさそうだ。
 あと一人来るまで、待ってくれとカクヤは言いかける。
「カクヤ、サレトナ!」
 丁度その時に、タトエに見つかった。無邪気な笑顔で近づいてくる。
 その姿を見たソレシカが固まった。カクヤは思わず、びくりとしたが、タトエは気にしていない。真っ直ぐに向かってくる。
「制服作りは大変だったね。それで、こちらの方は」
「クラスメイトのソレシカ・シトヤさん」
 サレトナが返事をするのだが、ソレシカはまだ固まって、タトエを注視している。濃い視線を浴びながらもタトエはにっこりと笑い、完璧な社交辞令を見せた。
「初めまして。僕はタトエ・エルダーです。よろしくお願いします、先輩」
 タトエが左手を差し出す。ソレシカは両手でその手をつかみ、おそらく二十センチメートル以上は上から目線で、言う。
「好きだ!」
 一気に周囲からの視線が集まる。
 タトエはさりげなく手を引き抜いて、後ろに回し、苦笑いと紙一重の微笑を保っていた。
 カクヤもサレトナも補助に回れない。ソレシカは、いま何を言った。口にされた内容はわかるのだが、いまここで言うべきことなのだろうか。その困惑が強くて、対応に戸惑うしかできなかった。
 タトエは落ち着いて質問する。
「シトヤ先輩。どういうことでしょう。僕たちは初対面ですよね?」
「一目見たときから恋に落ちました。同じチャプターになってください」
「待て。タトエは俺たちとチャプターを組むから、そう簡単には渡せない」
 カクヤがタトエとソレシカの間に割り入った。タトエは安堵、というよりも呆れを見せてカクヤに任せる姿勢をとっている。琥珀色の瞳が「この人とは話が通じるのだろうか」と訴えかけてもいた。カクヤとしては、話はできると信じたかった。
 カクヤがタトエを背にしていると、ソレシカはうん、と一度頷いた。
「わかった。なら、勝負はどうだ?」
 ソレシカは右手を振る。赤い斧が取り出された。尖端は鋭く、片刃だ。空板と同じ仕組みで、リボンを通じて登録しているのだろう。
 唐突な武器の登場に周囲はまたざわめいた。教師はまだ、状況を見守っていた。
 ソレシカは斧の尖端を床に付けて、柄に手を置くと言う。
「俺がカクヤに勝ったら、チャプターに入れてもらう。俺が負けたら、チャプターに入る」
「何も変わらないじゃない」
 サレトナの言うとおりだった。カクヤはタトエに確認の視線を送る。
「僕はそれでいいけどね。カクヤ、負けないでよ」
「わかったよ!」
 どうやら勝負をすることになったらしい。ソレシカは楽しそうに笑っている。元から戦うことが好きな性分なのかもしれない。
 タトエが全体を見ていた、赤い髪の教師を見つけると、事情を話して、修練場を使う許可を取りに向かう。
 許可は無事に下りた。
「二人以外は、端に移動すること」
 教師の指示を受けて、学生たちは修練場の端に移動し始めた。
 カクヤは下手に、ソレシカは上手に立って左側の試合の場で向き合う。
 刀を鞘から抜くときの音が、鈍く響いた。


第二章第八話



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