魔法使いからの誕生日

 誕生日を見つけよう。
 大切な仲間である、彼の誕生日はいつなのか。それはいままで誰も口にしたことがない。気にはしていたのかもしれないが、触れないでいたことだ。
 触れなかったのは、仲間としての距離感が掴めていなかったためか。もしくは彼に対する興味がそこまでなかったという寂しい理由が存在していた可能性だってある。
 考えられる根拠は多数あり、リブラスには正解がわからない。だからこそ不明を突き止めるために万事を探求する魔術士であるリブラスは率直に尋ねることにした。
 それが星月の十九日、爛市メロリアにある拠点「調律の弦亭」で起きる出来事だ。
 朝の食事と一日の打ち合わせの席で、全員が必要事項を報告した後にリブラスは前から考えていたことを唐突に言う。
「ハシンとカズタカは冬、僕は夏、ネイションとリンカーは秋だよね」
「何がだ」
 要点が掴めないでいるカズタカの質問を流して言葉を続ける。
「アルトーの誕生日は、いつなの?」
「夏」
 明快で、率直で、詳細に欠けた返答だった。
 夏という季節に生まれたのはアルトーらしいが、夏のいつ頃までかはどれだけ聞いても詰めきれない。本人が言うには、まだ竜でいたころだから日付の感覚など持っていなかった。だから、夏であること以外は不明だ、ということらしい。
 とはいえこのまま、夏の全てを誕生日にすると祝わなければならない日が多すぎる。リブラスは木製の椅子にもたれかかりながら、くわえていたスプーンを空になった皿に置く。
 名案が閃いた。
「じゃあさ、今日がアルトーの誕生日でいいじゃない。ハッピバースデー!」
 ないのなら決めてしまえばいい。結果は後からついてくる。簡潔だが確実な論理に基づいて決定すると、呆れた顔をされる。
 人の、正確に言うのならばアルトーは竜だが、他人の誕生日を勝手に決められる大胆さというものを仲間達の中で持ち合わせているのはリブラスしかいない。反対したものか、賛成したものか、カズタカやネイションが決めあぐねているとハシンが紅茶を口に運びながら言う。
「アルトーがいやでなければ、いいんじゃないかな。誕生日はあったほうが嬉しいものだろう」
 水を向けられた当人は顎に手を当てていたが、一度、大きく頷いた。
「いままで与えられなかったものだから、誕生日を決めてもらえて嬉しい」
 言葉少なに伝えてくれる。
 好意的に受け取ってもらえるとリブラスも報われた。特に大したことはしていないが、祝福される一日を仲間に与えられたということに気分が上向く。
 誕生日は、大切なものだ。気持ちにも関わるが、魔術の視点から見ても生まれた日というものは重大な意味を持つ。
 例えば誕生日には祝福がかかりやすくなるといった研究結果も出ている。それに魔術を使えない存在であっても、多少ではあるが相性の良い属性の装備に誕生日は影響される。
 今回のアルトーの誕生日は自分たちにどういった影響をもたらすのか、リブラスは楽しみだった。当然、誕生日にかこつけて賑やかな一日にできるのも胸を弾ませる理由の一つだ。
「それで、今日がアルトーの誕生日にするなら、お祝いもするの?」
 皿を片付けながらネイションが問いかけてくる。
「ただおめでとう、ありがとう、ケーキを食べようでは面白くないね」
「いやべつに」
 平和を望むカズタカの発言はすぐに封殺されることになる。ネイションと共に空となった食器を集めているリンカーの一言があっさりと踏み潰すのだった。
「カズタカが決めることではないでしょう? アルトーの誕生日、またリーダーであるハシンの意思が大切です」
「喧嘩を無闇に売らないの。それで、アルトーはしたいことはある?」
「うーん」
 アルトーは眉を寄せて、腕を組みながら悩んでいる。もとが無欲な性質だから望むことが少ないのだろう。リブラスにはその点も不思議だった。
 生きているだけでいいと慎ましくいられるのは、彼が竜だからだろうか。
 それとも、アルトーがそういう性格であるためなのか。知識に対して貪欲で、たまに他人に迷惑をかける自分には到底理解できない。
「ま、アルトーの誕生日を祝う前に。最初に話した依頼を片付けないとね」
 ハシンはそうして場をまとめる。リンカーはネイションと一緒に食器を下げに行き、カズタカは未だ難しい顔をしていた。
 今日は山に出るという猛獣駆除をしなくてはならない。


 ハシンたち、銀鈴檻の一行は爛市アルスの西にあるコルニス山まで来た。
 コルニス山は自然の恵みが豊富であるが標高はそれほどないため、果実や山菜などを採りに訪れる近隣の村人や街の住人も多い。
 その山に、最近になって猛獣が出るようになったという。遠くから危険な気配を感じる、唸り声が聞こえるといった証言が寄せられたため、ハシンたちに確認と場合によっては退治してもらいたいという仕事が回ってきた。
 コルニス山に容易に立ち入れなくなる、また猛獣がもし繁殖し、餌が不足して山から降りてきたら一大事になる。早めの対処が必要であるため、六人揃ってコルニス山を歩いていた。
 いまのところ危険な獣の気配はなく、探索というよりも探検と例えたほうが正確なほどのんびりとしている。コルニス山には今回の仕事以外にも何度も訪れたことがあるため、道に迷うこともなかった。
 リンカーが先頭に立ち、その後ろでリブラスが危険探知をしながら進んでいく。銀鈴檻ではハシンが探知役や解錠役を務めることが多いが、今日はリブラスが率先して警戒任務にあたっていた。ハシンほどではないがリブラスも偵察には向いている。
「どこにその、猛獣はいるんだろうな」
 歩いている途中でカズタカが呟いた。
 どの瞬間に戦闘になっても問題ないように武器を携えながら進むのはいまのような状況であっても、多少だが心身に緊張をもたらす。可能であるならば猛獣の居場所を見つけてさらに事前準備をしておきたい、その心境が窺える。
「もうすぐみたいだよー」
 呑気な返事をしたが、空気は緊迫感を含んだものに切り替わっていった。
 遠くではないところから警戒が伝わってくる。それは、己の領地に敵が踏み入ったことに気付いた獣の威圧だ。
「広いところに出たら、一旦備えよう。もし逃げたらアルトーとリンカーで追う。その後にカズタカがついて、私とリブラス、ネイションは別の場所で待ち伏せする」
 ハシンの冷静な指示に全員が同意した。
 少し先を進んで、広場とまではいかないが、平地に出る。端からリブラスが餌を投げる。
「があああああああ!」
 雄叫び、圧。
 その猛獣は鋭い牙と大きな手を掲げていて、巨大な熊によく似ていた。
 アルトーとリンカーが即座に前に出る。剛風を持って襲いかかる牙をアルトーが剣で防ぎ、そのあいだにリンカーは聖水で視界を奪っていった。目を焼く痛みに熊が悶える。
「雨の落筆!」
 カズタカの魔法によって振り注がれる雨は熊の足を固めていき、機動力を奪って移動を困難にさせる。よろつく熊は遮二無二両腕を振り回した。それらをアルトーは受け流し、リンカーはかわす。二人が熊を疲弊させていく最中、リブラスは範囲を極小に絞りながら魔術を練り上げる。その隙をハシンが埋めて、ネイションは誰が負傷しても体勢を建て直せるようにするため回復魔法を待機させている。
 あと一撃で熊を倒せる、といったところでアルトーが剣を振りかぶった。
 俊、と。
 黒い塊が横から飛び出て、アルトーとリンカーは距離を取る。
 現れたのは戦闘していた熊とは違い、四つ足の灰色の毛皮を持つ獣だった。
 一対六と二対六では戦い方が変わる。集中させていた戦力をどのように分散させるか、ハシンに命を飛ばされずとも全員が自然に判断した。
 アルトーは熊のまま、リンカーは四つ足に標準を移し、カズタカは両方の阻害を狙いつつハシンも四つ足を狙う。ネイションは回復役としてまだ機をうかがっていた。だが、狙われると耐久力のないハシンとカズタカの回復を優先しようとしているのが見て取れる。
 リブラスはさて、どうするかと一瞬だけ考えたが最初に熊を倒してから四つ足を狙うことにした。戦力はまず削るに限る。
 いままで詠唱していた魔術から、別の魔術へ切り替える。
「先端から中心へ至る劇薬の粉、舞い散り遊んで不動へ至らせ! パラライズウインド!」
 構えた杖を媒介として、麻痺の粉を含んだ風が獣の間を踊り狂う。強力な麻痺の効果があるわけではないため動きを鈍らせる程度の牽制だが、効果はあったようだ。襲いかかっていた獣の動きが鈍った
 鈍重な動きの合間を縫って、リンカーは四つ足の獣の眉間をレイピアで三度、突き刺した。悲鳴が上がる。
「我が呼ぶのは潮の飛沫! 灼海!」
 三詠唱で呼び起こされた水の流れは熊を飲み込んだ。そのまま、獣は倒れ込む。残されたのは傷を負った四つ足の獣だけだ。
 リンカーが確実に傷を積み重ねていき、それでも獣が突進しようと構えた、次に。
 ハシンの銀糸が周囲を覆う。動きを奪われた四つ足に、アルトーの躊躇のない重い一撃が振り下ろされた。
 そして、戦闘は終わる。
「楽勝だったねー」
「急に次の獣が出た時はびっくりしたけど」
 リブラスがくるりと杖を回してネイションは魔法を解く。リンカーは獣を退治した証拠として皮と爪を剥ぎ取っていく。その作業をアルトーも手伝う。
 カズタカとハシンは落ちている収集物を拾っていった。爛市の店に持っていくと買い取ってもらうことができる。
 淡々と事後処理をしていき、帰路に着くことになった。
 証拠の皮や牙を持ちながら山を下りていく。その途中でアルトーがぽつりと言う。
「今日が、俺の誕生日」
「そう決めたよね?」
「うん。一人じゃないって、いい」
「そうだね!」
 リブラスは笑って同意する。
 星月十九日の夕食はなかなか豪勢で華やかな集まりとなった。アルトーの誕生日を祝うために大勢詰めかけてきたのだから。




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