第七章 平穏と罪業の変奏曲はいずれ 一括掲載版

 結局、ソレシカの不思議な態度の理由は聞けないままだった。
 そのことがひっかかりはしても聞けないでいるカクヤだったが、いまはサレトナと並んで、流月に訪れたスタジオへ向かっている。
 サレトナが所属している楽奏のアクトコンに参加するためだ。
 スタジオの扉を開けると、室内には八人程度の学生がいた。肩当ての色は彩り豊かで、当然ながら中心にはセキヤがいる。
「来たな!」
 大仰な仕草で腕を振り、カクヤに向き直るセキヤの肩を、青い肩当ての学生が叩く。
「セキヤ。目立ちたいのはわかるけど、部長は俺だから」
 短い黒髪の学生が前に出る。
「はじめまして。俺はナイヤ・モルー。三学年のクールで、水の精霊族だ。一応、このアクトコンのまとめ役をしている」
「カクヤ・アラタメです。二学年のアーデントになります」
 手を差し出されたので、握り返す。楽器に慣れている厚みと硬さが感じられる手の平から、ナイヤの真面目さが伝わってきた。
「アラタメさんは何の楽器ができるの?」
 癖のある紫の髪をした、小栗鼠を連想させる少女に尋ねられた。
「俺は、歌ですね。楽器はギターとかを少しかじった程度です」
「すごく上手ですよ」
 サレトナが間に入ってくる。持ち上げるなよ、と少し面はゆくなった。
「ふーん。私はクー・ミル。三年のブレイブ。アラタメさん、唄ってみてよ」
 あっさりとした調子で言うと、クーは手拍子をし始めた。
 カクヤは慌てるが、ナイヤにマイクを差し出されて、歌を思い出していく。
 たん、たん、たんたん、たん。たたたたた、たんたんた。
「無限の果てに見た夢は」
 手拍子が止む。カクヤは歌の二番だけという中途半端な箇所から唄い始め、またサビに入り、曲を締めていく。
 声は以前よりも楽に出て、唄うことができた。初めて会った人たちに囲まれているのだが、緊張感もそこまでない。
 ぱん、と手を叩かれて唄うことを止める。
「なかなかやるじゃん。じゃあ、これは?」
 ギターを手にしている背の高い青髪の青年がメロディを演奏し始める。聞き覚えのある曲だった。
「多分、唄えます」
「よし。始め!」
 ざんじゃかざん。ざざざ、じゃん。
 軽やかに奏でられる耳に心地良い音に、カクヤは自分の声を寄り添わせていく。
「明けの花が揺れた流月に」
 浮かんで広がる光景は、春だ。昇っていく太陽の光に照らされて花は白い花弁を一層輝かせていく。朝露が一滴、端から零れ落ちていく。
 カクヤは方々から急に振られる曲に翻弄されながらも、記憶を呼び覚まして食らいつきながら唄っていった。
 思い出すのはかつて憧れた、歌夜の姿だ。曖昧な要求であっても望まれる歌を正確に見つけ出し、丁寧に唄い上げていた。
 幼い頃からその姿を見てきたから、歌が好きになり、唄うことに憧れた。純粋なる旋律はカクヤの原体験となっている。
 セイジュリオに来るまでは還れなかった過去に、いまは戻ることができていた。
 それはきっと、サレトナのおかげだ。
 唄いながら、ちらりとサレトナに目を向ける。サレトナはセキヤの右隣に並びながら、カクヤが唄う様子を楽しげに眺めていた。
「はい。そこまで」
 ナイヤが手を叩く。
 すると、スタジオにいる全員から拍手で迎えられた。見渡す限り、全員が笑っている。
 いまのカクヤは受け容れられているということに罪悪感を覚える必要はなかった。故郷のルリセイでは、サフェリアの一件があって以来、戸惑った距離で接せられてきた。しかし、ここにはカクヤの過去を知る者はいない。
 素直に、いまのカクヤ・アラタメを評価してくれている。
 カクヤも微笑んで頭を下げた。拍手が止む。
「歌だけの人はこのアクトコンにはいなかったから。アラタメさんが入ってくれると嬉しいね」
「歌だけでも、いいんですか?」
「歌だって、楽奏だよ」
 声という自然の楽器を奏でるのだから大丈夫だと、ナイヤは保証してくれた。
 それから、カクヤはふと気付く。
「セキヤ先輩は唄わないんですか?」
 日頃からよく目立つ、器用な人であるのだから、歌くらいは簡単にこなせると思った。
 対して、セキヤは苦笑するに留める。
「この美声を封じるのは損失だと思うのだけれどね」
「三つの楽団がこのアクトコンにはあるから。アラタメさんは好きに見学してね」
 深く尋ねる前にナイヤが割入ってきた。セキヤが唄わない理由があるのだと察して、カクヤは各々準備を始める楽奏のアクトコンの楽団達を眺めることにした。
 サレトナはキーボードを準備している。共にいるのはベースを肩にかけているセキヤと、秋の紅葉を感じさせる女性、メルクだった。彼女はドラムを初めとする打楽器の確認を進めていた。
 二組目の中心は、先ほどカクヤに声をかけてきたクーという女性だ。楽器はこちらも打楽器のようだ。彼女の下に集うのは、ギターを扱う新緑の青年のユゼンと、ベースを選んだ夜色の青年のワエリだ。
 最後に、ナイヤと鮮やかな長身の、赤い髪の女性ことゲイクがキーボードとギターを用意した。
 カクヤは置かれている椅子に座る。
 二メートルほど距離のあるばしょから、入れ替わり立ち替わり演奏していくセイジュリオの学生達を眺めていた。
 サレトナがメロディを務めると、セキヤは下から旋律を支えてきて、メルクがリズムをつける。安定があり、優雅な曲調が多い。白や桜色の明るい光景が耳を通して目に浮かぶ。
 クー達の演奏は、激しい。ギターが熱狂的にかき鳴らされるが、不快にならないようにベースが厚みを加えてくる。さらにクーのドラムが乗って、否応にも立ち上がり、リズムを刻みたくなる演奏が続いていった。
 最後のナイヤとゲイクは前の二人から引き継いだ盛り上がりを徐々に落ち着かせていき、夜に月を眺める心地よさを奏でてくれた。楽器は二つだが、互いに絡み合って調和を感じさせる。
 いいな。
 ただ楽器を奏でるだけではなく、視線を交わしながら互いを意識する楽団に対して、カクヤは素直な羨望を覚えた。
 いままでは一人で唄ってきたけれど。誰かと奏でられるのも、いいな。
 セイジュリオに来るまでは、きっと、そんなことなど思えなかった。サフェリアを失ってしまった自分にはそんな資格などないと、許せずにいた。
 だけど、いまは。
 カクヤは演奏するサレトナを見つめる。目が合うと、隠しきれない楽しさと共に微笑まれた。カクヤも笑う。
 サレトナは俺でいいと教えてくれた。もう、過去のことを許してもいいのではないか。
 演奏を終えて、サレトナ達が舞台を降りる。
 次の演奏が始まる前に、セキヤが隣の椅子に腰を下ろした。
「どうだい?」
「楽しいです」
「うん。以前よりも、明るくなった。負け癖も講評試合でなんとかなったみたいだね」
 最初に出会った頃に堂々と指摘された事実に恥ずかしさを思い出しながらも、カクヤは頷いた。
「サレトナのおかげです」
 セイジュリオに来て良き出会いは沢山あった。
 タトエ、ソレシカ、清風、ルーレス、フィリッシュ、ロリカ、アユナ、万理といった学生に、ヤサギドリ先生を初めとする教師陣もいる。さらに、ナイテンなど沈黙の楽器亭の人々に加え、店の人達も親切だ。
 今回のアクトコンの人たちに加え、セキヤも強い印象を与えてくる。
 だが、全ての始まりはサレトナだ。
「それはいいことだ。で、君は以前の約束を覚えているか?」
「約束?」
 カクヤが首を傾げると、セキヤは言葉にしがたい様子で苦笑した。
「講試が終わったら、一緒に来てもらいたいところがあると言っただろう」
 その言葉を聞いて思い出す。流月の、クロルのチャプターであるスィヴィアにこてんぱんにやられた日の帰り道に、セキヤに誘われた。
 講評試合の後も学術試験や授業に追われて、そのことはカクヤの頭からすっかり吹き飛んでしまっていた。
「すみません。忘れていました」
「で、いつなら空いている」
 カクヤは今後の予定を思い出す。今週は清風とルーレスと出かける約束があり、来週はまた忙しい。
「早くて、二十一日ですね」
「わかった。その日は頼むよ」
 用事が済んだのか、セキヤは立ち上がる。また演奏に参加するようだ。
「どこに行くんですか?」
 セキヤは黙って指を口の前に立てる。そして、いつかのようにまた手を差しだした。
 拒むことなく立ち上がり、カクヤもまた楽団の中に飛び込んでいく。サレトナとセキヤ、メルクの演奏に歌を絡ませていった。
 それからしばらくして、解散することになる。ナイヤからは「入っても入らなくても、いつでも来ていいからね」と優しく声をかけられた。
 遅い加入ではあるが、楽奏のアクトコンへの参加をカクヤも真剣に考える。
 セイジュリオの後期には「暁旗祭」という行事がある。外部にも開放して、セイジュリオでの学習の成果を文化面で公表する大がかりな祭事だ。楽奏のアクトコンも自由参加ではあるが、出演するらしい。
 舞台を見上げるのではなく、舞台に立つのも楽しそうだ。
 連れてきてくれたサレトナに感謝しつつ、カクヤは沈黙の楽器亭へと帰宅していった。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

不完全書庫というサイトを運営しています。
オリジナル小説・イラスト・レビューなどなど積み立て中。

目次