ぴっとり。
銀の床に、赤く粘ついた液体が落ちて、跳ねた。
響くのは低く唸る蒸気音、緑色の光を放つ円筒や真四角の黒い箱が至る所に設置されている様は整然としているが、製作者の理性はすでに喪失されていることが伝わってくる。
薄暗く、だがどこまでも広い施設内にて、適切な解体作業が執り行われていた。
解体責任者はセキヤ・トライセルだ。太刀を手にして、かつんかつんと進んでいく。
すでに慣れた行為だ。肉を捌いて腸を引きずり出すことには、後悔も罪の意識もない。この行為も、魚を食べる時に骨を取り除くのとさほど変わらなかった。骨ごと身を噛み砕いて食事をするような存在は、よほど喉が丈夫で頑強な者しかいないだろう。
解体作業を進めるセキヤにあるのは疑念だった。
カクヤ・アラタメをここに連れてくるべきだろうか。
蓋のない天井から降りてくる、溶解した肉で覆われた人形の首を跳ばす。その後に、身体を四分割。足は膝のあたりで二分割だ。
次は迫りくる七体の片翼のマヒルコギを一閃する。ぽんぽんぽん、と首が落ちて、もう一閃振るうと、胴体から緑色の液体がぶじゅりと溢れ出した。
セキヤは振るう。刀を振るう。何度も刻んでいく。
銀の刀で裂かれた変異体は地に落ちる度に霧散した。幸いなのは、異臭が立ちこめることがないことだろう。
解体作業の途中で、セキヤは携帯している筒から水を飲んで休憩を取る。汚れていない、箱の隅に腰を下ろした。
この場所は相変わらず薄暗い。だけれど、不快や嫌悪はなかった。母胎を好ましく思うというのは、命ある者の本能という。とはいえ、例外もあるだろう。
終わりのない解体を続けるセキヤだが、ふと、虚空を見上げた。
見えたわけではない。強いて言うのならば、肌で感じた。
一瞬、強い光が瞬き、一条の光線がセキヤから五メートル離れた場所に突き刺さる。
何かが来た。
セキヤは立ち上がり、刀を構えた。
近づいてくるのはわかるというのに、視認ができない。
あれは、不可視の上位存在だ。
かこんかこんこんと、威圧だけを纏わせて近づいてくる。
セキヤも余裕は失わない。何があろうとも、自身を越える存在はいないと確信している。
「無駄なことをしているね!」
涼やかな声だった。日の当たる高原を通り抜ける風の声だ。
セキヤは刀を滑らせる。
声とは反対に、突如、襲いかかってきたのは怪物。異様。もしくは、醜形。いままで見たことのないほどのみにくさによって構成されている。
太ってたるんだ皮膚に、尖っているが荒い爪。目玉は赤黒く変色して、巨大に開いた口からは不格好な牙が飛び出していた。
「美しくない」
セキヤの刀である「天威無法」は正常耐性がずば抜けている。異常な存在に対しては絶大という言葉すら生ぬるい威力を放つ。
刀は白銀のきらめきを残して、怪物を切り裂いた。
軽やかな拍手が鳴り響く。
「すごい! すごい、すごーい!」
怪物は上半身と下半身に分かたれたまま、倒れ伏す。また、黒い霧を立ち上らせながら蒸発していった。
その終わりを見届けて、セキヤは普段は伏せている瞼をわずかに上げた。
「ためらいなく、人を壊せるなんて!」
純粋な賞賛がセキヤの鼓膜を震わせる。
確かに、目の前の怪物は人へと変わっていた。切断された箇所から赤黒い血を垂れ流して、丸い瞳は光を失っている。
セキヤは動揺しない。
肌を不快になぞる存在に向かって、十連斬。二秒ほどの間に食らわせた斬撃は鋭い音を立てて、空を裂いていく。
「あっぶないなー! お気に入りのコートが破れちゃうじゃない!」
「君か」
怒った声から、大体の正体は察することができた。
「何を言っているのかはわからないけど、その答えとは多分違うよ」
声は徐々に、徐々に遠ざかっていく。
セキヤは声の存在を追いかけない。ただ、虚空の中心に鋭い目を向けた。姿の見えない存在を捕まえる徒労をする気はさらさらなく、必要なのは答えを見つけることだ。
「カイシン、してね!」
その言葉を残して気配は去った。
セキヤは変わらず、薄暗い空間を見渡す。まだ気配は残っていた。
人ならざる気配の、その先にいたのは。
「はじめまして。カクヤの、先輩さん。私は」
続いた名前はセキヤが初めて聞く、だが知っているものだった。
戦歌を高らかに転調は平穏に 一括掲載版
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