出逢った音は千変万化の色を鳴らして 第二話

 その少年の姿を見て、カクヤは息を吞んだ。
 少年の様子は異端であり、また、言語に絶する美しさだった。可憐などといったかわいさではない。芸術家が硝子に針で、一本ずつ丁寧に傷を刻んでいき、造り上げた痛みを感じさせるからこその、かんばせをしていた。
 透き通った銀の髪に、こちらを伺う鋭い瞳は紫水晶だ。幾重もの反射を刻まれている。鼻梁は通っていて、唇はぽてりと紅を落とした赤さだった。
 制服の肩当てとリボンの色は青だ。丈が長く、コート仕立てにしている。
 猛りあげ炎天に咲く白雪よ。
 酷暑の季節にあってさえ、彼の周囲には雪が溶けることなく静謐といった様子で佇むのだろう。
「まだいたのかってひどいな。タトエと一緒に帰りたいなあって、思ったんだよ」
 ソレシカの声に現実に引き戻された。
 言われたタトエはすでに見慣れた困惑の笑みを浮かべている。
「べつに、いつも一緒にいなくてもいいんだよ」
「照れ隠しか?」
 カクヤにとってはいつものソレシカの言い方だった。
 タトエからの愛情を疑わない。まだ実ってはいないにしても、いずれ恋の花を咲かせるためのアプローチだ。
 だけれど、いままで口を閉ざしていた少年が言う。
「あの、そういう気持ち悪いことを言うのは止めた方がいいです」
「ん?」
 口にされた内容の露骨な厳しさと嫌悪にソレシカはタトエから視線をずらした。
 望みもしない好意を寄せられ慣れているだろうと、容易に想像できる少年は滑らかに棘の言葉で刺していく。
「相手に好意を寄せていても、その相手が同じ気持ちだとは限らないから。知らない相手に距離を詰められると、怖気が立つものです。そんなことも想像できないんですか?」
「だとさ。ソレシカも少し、言い方を変えたらどうだ?」
 カクヤは和やかな雰囲気になるように気をつけながら、言葉を続けて場を取り持った。その意図に即座に気付いたタトエが続く。
「ありがとう、アユナ。ソレシカも反省して、もう少し場の空気を読んでね」
 尋常ならざる美しい少年の名前はアユナというようだ。
 ソレシカはタトエの言葉に「へーい」と応える。不満そうではあるが、不快というほどではない。
 名前も知らなかった後輩に突っかかる真似をされないことがわかり、カクヤは緊張を解いた。
 アユナはタトエの言葉に小さく頷いてから、言葉をかけた相手にだけ挨拶をして去っていく。振り向かずに、真っ直ぐに前を向いて歩く姿は、一人でいることを当然とする潔い少年のものだ。
 タトエはアユナを追いかけなかった。カクヤとソレシカに向き直り、帰ろうと促してくる。いつもの三人に戻って、沈黙の楽器亭に帰ることにした。
 セイジュリオの門を出て、賢者通りからロウエン広場へ向かう途中に、一人の青年が立っている。見慣れないが見覚えのある姿だと目をこらしてから、その青年が誰であるかに気がついて、カクヤは眉を寄せた。
 とはいえど、回り道もまだできない所にいる。
 カクヤは面倒な覚悟を決めてから、青年に向かって進むことを決めた。タトエも途中で、青年のことを思い出したのか、表情が硬くなる。ソレシカだけが呑気だ。
 通り過ぎる前に、カクヤは青年に声をかけた。
「また、なにか用事ですか」
「ええ。話があります」
「俺にはありませんから」
 素っ気なく言い捨てて、通り過ぎていく。青年、クレズニ・ロストウェルスはカクヤの後を三歩だけ離れてついてきた。
 初対面に近い相手だが、カクヤはサレトナの兄だというこの青年に怒りを抱いていた。初めて会った時に、サレトナを「愚妹」と言い捨てたことを、忘れていない。
 兄妹仲が不仲であるとしても、相手を貶める言い方をするだろうか。言われたサレトナが傷つかないと傲っているのならば、腹が立つ。わかっていて言ったのならば、クレズニについて理解することに苦しみを覚える。
 クレズニは再度、呼びかけてくる。カクヤは応えなかった。
ソレシカが小さな声で言う。
「珍しいな。そういう態度を取るの」
「ああ。珍しいよ」
 無視をすることは好きではない。どのような相手であれ、接触を持とうとするのならば、応じる必要はある。
 だが、クレズニが自身の失言に気付くまではまともに相手をしたくなかった。
 かつかつと、靴音を立てながら歩いていく。
 目の前に壁ができて、ぶつかりかけたので、のけぞった。
 カクヤにとって妨害をする相手の心当たりは一人しかいない。眉を寄せながら振り向くと、クレズニは冷静さを保ったまま言う。
「そろそろ、我侭も止めてもらえませんか」
 どの口が言う。
 心の底から思うが、言葉にはしなかった。代わりに舌打ちを一つして、カクヤは聖歌の詠唱を行う。
「空を翔る天のきざはし!」
 一時的にだが、空に階梯をかける聖歌によって、壁に乗る。
「タトエ、ソレシカ。来い!」
 カクヤに続いて、タトエとソレシカも壁を乗り越えていく。三人が越えると他の人の通行の邪魔になるためか、壁は消えた。
 クレズニは走って追いかけてくる。カクヤたちはつかまらないために走る。聖歌による補助があるためか、距離は少しずつだが広がっていった。
 その度に、クレズニは地形を利用した罠を仕掛けてくる。短い詠唱で、煉瓦を隆起させることや、木々による遮りなどが起きる度に足を止めざるをえない。魔法か聖法か、魔術かは不明だが、全て一時的であり、振り向くと日常の風景に戻っている。
 だとしても、クレズニの世界に対する干渉の速さは異常だ。
 またも、カクヤの足下に足をひっかけそうになる高さの瓦礫を積まれて、たたらを踏んでしまう。
「こら! 街中で傍迷惑な魔法を使うな!」
 窓から怒鳴り声が聞こえてきた。
 俺たちのせいじゃない、とカクヤは内心で声を返しつつ、また走る。
 その前にも、人が立ち塞がった。広場を抜けて、細い通りに入ったことが失敗だったようだ。
 レクィエ・ノーネームは両手を背にしながら笑っている。
「追いかけっこの気は済んだか?」
 荒くなり出した呼吸のまま、背後もクレズニによって塞がれる。
 前門のレクィエと、後門のクレズニという存在によって、カクヤは仕方なく降参した。


>第三章第三話



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