平穏と罪業の変奏曲はいずれ 第五話

 平和だなあ。
 舗装された道を歩きながら、穏やかな日常のありがたさをタトエはしみじみと噛みしめていた。
 たまに一緒に帰宅するカクヤは、今日はサレトナとセキヤに連れられて、楽奏のアクトコンに参加しにいくと言っていた。そのため、今日のタトエは同級生のアユナと万理と一緒に宿への帰り道を辿っている。
 談笑しながら歩いている途中、万理の提案によって静観商路に並ぶ店に立ち寄り、クレープを食べることになった。その店は講評試合の時にタトエがモンテクリストを買った店であるから、味は保証されている。
 どのトッピングをされたクレープを買おうかと、タトエの心は楽しく悩んでいる。
 いまの季節なら、桃などもあるだろうか。
「あら。タトエ達じゃない」
 向かいから来る少女に声をかけられた。マルディだ。アユナと同じくスィヴィアのチャプターに属する同級生を前にして、足を止める。
 マルディはいつもの落ち着いた表情のままだ。
「どこに行くの?」
「白砂の忘れ物です」
 万理がいまから行く甘味の店の名前を挙げる。マルディは微笑んだ。
「へえ。いい趣味ね。私も一緒に行っていい?」
「いやだ」
 切れ味よく、アユナは言い捨てた。
 そうなるだろうことは半ば予想していたが、想像以上に強い拒絶にタトエも曖昧な笑みを浮かべてしまう。心情的にはアユナの味方だが、マルディに冷たく当たることもできなかった。
 もとからアユナは人が嫌いだと公言してはばからない。タトエや、万理といった限られた友人と必要な時に必要な相手と付き合いだけすれば文句はないだろうと、白皙の美貌で他者を拒絶する。
 タトエも人に好かれて面倒なことになった経験がある。だから、それ以上に嫌な経験をしてきているだろうアユナのことを怒る気にも、たしなめる気にもなれなかった。他人との付き合い方は当人の自由だ。損をすることになろうとも、それを覚悟をした上で冷たく接することを止めることはできない。
 けれど、マルディにも何度か助けられたことがある。それに、タトエとしては良い感情も悪い感情もないのに、アユナに恭順してマルディを拒むことには抵抗があった。
 タトエが黙って考え、万理が眉を下げている間にも話は進んでいく。
「はっきりと言うわね。トライセル」
「言うさ。俺は、タトエと万理は友達だから一緒にいられる。ただの同級生でしかないあんたは、邪魔だ」
 百七十を越える少女と、百六十を少し越える少年がにらみ合う。青い火花が散るようだった。
 耐えきれなくなったタトエは、二人の間に入っていく。
「アユナ、そこまで言わなくてもいいんじゃないかな」
 自身が抑えるように言われたことが気に食わないのか、アユナは腕を組んでそっぽを向いた。返事はしない。だけれど、幼い子どものように相手を選ばせることもしなかった。
「まあ、ノーゼンさんも来ます?」
「ぜひ」
 最初にクレープを食べようと言い出した万理が誘ったためか、アユナはそれ以上の反論はしなかった。ただ、「図々しい」と小さな声で吐き捨てた。
 タトエは困る。一気に、平穏さが薄れてしまった。
 マルディ、タトエ、アユナ、万理と一列に並んで歩きながら、タトエはアユナに視線をそっと向けた。
 まだ不機嫌ではあるが、タトエ達を困らせる意図はなさそうだった。性分として、相性の合わない相手やあまり関わったことのない人と一緒に行動することが苦手なのだろう。
 それは大変なことだが、アユナはいやなことは「いやだ」とはっきり言うことができる。自身の感じていることを表現することは、相手にとって時に厳しいことだが、紛れもなく強いから可能なことだ。わがままではない。自分の中に確固とした意思があるという証明だ。
 タトエはまた考えてしまう。
 だったら、自分はどうなのだろうか。
 嫌だと感じることに対して鈍いとは、師に昔、指摘されたことがある。困ったことが起きてしまったら、タトエは自分を抑えて他人を優先させることにより、事態を解決する癖がある。
 確かに、その方法は優しさによるものかもしれないが、自身にとって有益かどうかを一度考えてみた方がよい。
 などと言われたが、タトエにしてみれば困る助言だった。そこまで他者に対して自己犠牲をしているつもりもない。自身が引くことによる益の方が多いと判断したために選んできた行動だ。
 これから、本当に自分の欲しいもの、または譲れないものができたときはどのような行動に出るのだろう。
 最近になって、少しずつ変わり始めたカクヤやサレトナも見ていたから、なおさら考えてしまった。
「タトエはん。クレープ、何にします?」
「うーん。やっぱり、キャラメル系にしようかな」
 いつの間にか「白砂の忘れ物」の前に着いていたらしい。タトエはさっと品名が並ぶ看板に目を通して、無難なキャラメルアップルクレープにすることにした。

第七章第六話



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