平穏と罪業の変奏曲はいずれ 第三話

 結局、ソレシカの不思議な態度の理由は聞けないままだった。
 そのことがひっかかりはしても聞けないでいるカクヤだったが、いまはサレトナと並んで、流月に訪れたスタジオへ向かっている。
 サレトナが所属している楽奏のアクトコンに参加するためだ。
 スタジオの扉を開けると、室内には八人程度の学生がいた。肩当ての色は彩り豊かで、当然ながら中心にはセキヤがいる。
「来たな!」
 大仰な仕草で腕を振り、カクヤに向き直るセキヤの肩を、青い肩当ての学生が叩く。
「セキヤ。目立ちたいのはわかるけど、部長は俺だから」
 短い黒髪の学生が前に出る。
「はじめまして。俺はナイヤ・モルー。三学年のクールで、水の精霊族だ。一応、このアクトコンのまとめ役をしている」
「カクヤ・アラタメです。二学年のアーデントになります」
 手を差し出されたので、握り返す。楽器に慣れている厚みと硬さが感じられる手の平から、ナイヤの真面目さが伝わってきた。
「アラタメさんは何の楽器ができるの?」
 癖のある紫の髪をした、小栗鼠を連想させる少女に尋ねられた。
「俺は、歌ですね。楽器はギターとかを少しかじった程度です」
「すごく上手ですよ」
 サレトナが間に入ってくる。持ち上げるなよ、と少し面はゆくなった。
「ふーん。私はクー・ミル。三年のブレイブ。アラタメさん、唄ってみてよ」
 あっさりとした調子で言うと、クーは手拍子をし始めた。
 カクヤは慌てるが、ナイヤにマイクを差し出されて、歌を思い出していく。
 たん、たん、たんたん、たん。たたたたた、たんたんた。
「無限の果てに見た夢は」
 手拍子が止む。カクヤは歌の二番だけという中途半端な箇所から唄い始め、またサビに入り、曲を締めていく。
 声は以前よりも楽に出て、唄うことができた。初めて会った人たちに囲まれているのだが、緊張感もそこまでない。
 ぱん、と手を叩かれて唄うことを止める。
「なかなかやるじゃん。じゃあ、これは?」
 ギターを手にしている背の高い青髪の青年がメロディを演奏し始める。聞き覚えのある曲だった。
「多分、唄えます」
「よし。始め!」
 ざんじゃかざん。ざざざ、じゃん。
 軽やかに奏でられる耳に心地良い音に、カクヤは自分の声を寄り添わせていく。
「明けの花が揺れた流月に」
 浮かんで広がる光景は、春だ。昇っていく太陽の光に照らされて花は白い花弁を一層輝かせていく。朝露が一滴、端から零れ落ちていく。
 カクヤは方々から急に振られる曲に翻弄されながらも、記憶を呼び覚まして食らいつきながら唄っていった。
 思い出すのはかつて憧れた、歌夜の姿だ。曖昧な要求であっても望まれる歌を正確に見つけ出し、丁寧に唄い上げていた。
 幼い頃からその姿を見てきたから、歌が好きになり、唄うことに憧れた。純粋なる旋律はカクヤの原体験となっている。
 セイジュリオに来るまでは還れなかった過去に、いまは戻ることができていた。
 それはきっと、サレトナのおかげだ。
 唄いながら、ちらりとサレトナに目を向ける。サレトナはセキヤの右隣に並びながら、カクヤが唄う様子を楽しげに眺めていた。
「はい。そこまで」
 ナイヤが手を叩く。
 すると、スタジオにいる全員から拍手で迎えられた。見渡す限り、全員が笑っている。
 いまのカクヤは受け容れられているということに罪悪感を覚える必要はなかった。故郷のルリセイでは、サフェリアの一件があって以来、戸惑った距離で接せられてきた。しかし、ここにはカクヤの過去を知る者はいない。
 素直に、いまのカクヤ・アラタメを評価してくれている。
 カクヤも微笑んで頭を下げた。拍手が止む。
「歌だけの人はこのアクトコンにはいなかったから。アラタメさんが入ってくれると嬉しいね」
 カクヤはふと気付く。
「セキヤ先輩は唄わないんですか?」
 日頃からよく目立つ、器用な人であるのだから、歌くらいは簡単にこなせると思った。
 対して、セキヤは苦笑するに留める。
「この美声を封じるのは損失だと思うのだけれどね」
「三つの楽団がこのアクトコンにはあるから。アラタメさんは好きに見学してね」
 深く尋ねる前にナイヤが割入ってきた。セキヤが唄わない理由があるのだと察して、カクヤは各々準備を始める楽奏のアクトコンの楽団達を眺めることにした。
 サレトナはキーボードを準備している。共にいるのはベースを肩にかけているセキヤと、秋の紅葉を感じさせる女性、メルクだった。彼女はドラムを初めとする打楽器の確認を進めていた。
 二組目の中心は、先ほどカクヤに声をかけてきたクーという女性だ。楽器はこちらも打楽器のようだ。彼女の下に集うのは、ギターを扱う新緑の青年のユゼンと、ベースを選んだ夜色の青年のワエリだ。
 最後に、ナイヤと鮮やかな長身の、赤い髪の女性ことゲイクがキーボードとギターを用意した。
 カクヤは置かれている椅子に座る。

第七章第四話



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