戦歌を高らかに転調は平穏に 第四話

 清風はカクヤの隣でこきこきと首を回しながら、相変わらず機嫌のよい表情を浮かべている。カクヤは怒るのにも疲れてきたので、売られている品物を眺めていた。
 講評試合が開催されている期間中は売店は閉められて、学生食堂も場所の貸出だけされるので、遅い朝食と昼食、早めの夕食のために屋台が並ぶ。宿泊街に近い英断商路やセイジュリオの南にある静観商路が協力してくれると聞いた。
 清風は途中で肉まんを四つ買う。袋の中から湯気が漂っていた。
「あちち」
「大丈夫か?」
「アラタメさん」
 聞き覚えのある声のした方向へ振り向くと、クレズニとレクィエがいた。
「どうもです」
 軽く頭を下げる。清風から目で「知り合いか」と尋ねられるので、頷いておいた。
「今回はチケットをありがとな」
「俺じゃなくてサレトナですよ」
「クレズニはそうだろうが、俺の分は君からだろ? チケットに供与責任者の名前が書いてあったぜ。俺がもし、悪いことをする人だったら大変だよ」
 レクィエに明るく指摘されるが、カクヤは不思議だった。レクィエもカクヤの反応をいぶかしんでいる。
「レクィエさんは、悪いことはしないでしょう」
 カクヤが素直に言うと、レクィエは目を丸くした後に笑い出した。隣にいるクレズニも驚くほどの、笑い方だった。
 道の中央を塞ぐのは邪魔になるので、端に寄りながら、話をする。
「あの、お二人はカクヤとどういう関係で?」
「申し遅れました。私は、サレトナの兄のクレズニ・ロストウェルスです。カクヤさんにはサレトナのことを頼んでいる最中でして」
「なるほど。だったら、あなたもロスウェルさんなんすね」
 清風の言葉に今度はクレズニが頭に疑問符を浮かべていた。カクヤはそろそろ、清風は大物なのではないかと確信し始めている。同級生の兄を愛称で呼ぶというのは大変勇気のいることだというのに、さらりと成し遂げた。レクィエも楽しそうに見守っている。
 クレズニとレクィエも大体屋台を見終えたというので、サレトナとルーレスのところに戻るのに、一緒に行くというので講評試合会場へ戻っていった。
 試合は講評に入っているのだが、サレトナとルーレスはまだ話をしている。雰囲気と聞き取れる単語から、聖魔法術に関することのようだ。
 真面目だと、感心してしまう。
「おーい」
 カクヤが呼びかけると、サレトナがはっとして振り向く。
「あら、兄さんとレクィエさんまで。どうしたの?」
「観覧チケットをくれたのは貴方でしょう」
「それは覚えているわよ。でも、私たちの試合は今日はないの」
「次はいつですか?」
 「明後日ね」とサレトナが応えると、クレズニは神妙な様子で頷いた。
「わかりました。改めて、観に来ます」
 サレトナも同じくらいの真面目さで了承する。レクィエがその様子を楽しげに見守っているのに気付くと、清風は肉まんを渡しながら言った。
「仕事みたいな会話っすね」
 レクィエも肉まんを受け取りながら答える。
「そうだろ。仲は、悪くないみたいだけどな」
 清風に対して、ソレシカを相手にした時よりもレクィエは丁寧に話をしていた。その様子から察するに、ソレシカとは純粋に馬が合わないと感じ取ったのだろう。
「一人だけで見たら、サレトナとクレズニさんはなんか違うんですけど。二人で並ぶと雰囲気は近くなるんですよね」
 決して、二人は似ている兄弟ではない。
 印象で言うのならばサレトナは祠に祀られた氷で、クレズニは渓流の清純な水だ。近しくはあるが性質は全く違う。
 色合いも異なる兄妹を眺めていたのだが、いつの間にかクレズニはサレトナとルーレスが先ほどまで交わしていた聖魔法術談義に加わっていた。
 会話の端々を聞き取るのだが、単語の意味すらもすでにカクヤにはわからない領域に入っている。清風も同じようだ。
「何の話をしているのか、もうさっぱりわからん」
「はは」
 レクィエは軽く笑った。クレズニの肩を叩く。
「ほら、そろそろ行くぞ。この子達も忙しいんだから」
「そうでしたね、すみません。貴方の箱魔法の理論が見事でしたので、つい夢中になって聞き入ってしまいました」
「いえ、こちらこそ。僕はルーレス・コトアといいます。良ければ、空板でつながってもらえませんか?」
 ルーレスは珍しく目を輝かせながら空板を起動した。サレトナとクレズニと、三人で宿り木を登録する。無事に完了した音を聞きながら、変わらずきらきらとした瞳でルーレスはクレズニを見上げていた。
 ルーレスは慎重な性格をしているので、自分から誰かと繋がろうとするのは滅多にないことだ。クレズニとはよほど、相性がよかったらしい。
 クレズニとレクィエが一礼をしてから立ち去ると、ルーレスはサレトナに向き直った。
「ロストウェルスさん。君の兄君は、すごいね。この言葉が陳腐になるくらいに、素晴らしいよ」
「そう?」
 いきなり兄をべたべたに褒められて、サレトナがたじろいでいる。話の内容を理解できなかったカクヤにはクレズニがそこまですごいということもわからない。
 ルーレスは遠ざかる背中を見送りながら言う。
「聖法と魔法を両方扱えるだけじゃない。法、というものの本質をあの人は的確に抑えている」
「へえ」
「はあ」
「ううん」
 カクヤと清風が気のない返事をし、サレトナが困ったように短く声を上げると、もどかしそうな表情をルーレスは浮かべていた。お気に入りの本の面白さが伝わらないのは、自身の説明が足りないのか相手の知識が足りないのか、測りかねている。
 カクヤはクレズニ本人については、まだ知らないことが多いのだと自覚する。
 今度、落ち着いて話をしてみたい。そうしたら、サレトナへの態度が厳しい理由も聞けるかもしれない。
 そういったことを考えていると、急に清風から肉まんが三個入った袋を押しつけられる。理由を尋ねる前に、清風は早足で歩き出していた。走らないのは周囲にぶつからないための気遣いだろう。
「野暮用ができた! もらってくれ」
 そのまま消えていく背中をカクヤとサレトナ、ルーレスは何も言えずにただ見ていた。
「まあ、折角だから」
 袋に手を入れて、ルーレスは肉まんを一つだけ取る。また、どこかへと歩いていった。
 一体何事かと思いながら、二つだけ残った肉まんを見つめる。その後はサレトナと目が合った。
「どこかで食べましょうか」
「そだな」
 試合終了の合図に合わせて、カクヤとサレトナも講評試合会場から離れていった。

>第六章第五話



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