奏で始めて新たな音に出会うから 第五話

 時は緩やかに過ぎていき、史月となる。
 セイジュリオの入学式は史月の第一週の木曜日に執り行われた。華やかに。鮮やかに。街中が新たな一年を過ごす学生たちを言祝いでいた。
 いまだ、制服を仕立てていない学生たちだが、何事もなく昇降口をくぐり抜けて、セイジュリオの内部運動場に集い、粛々と式典を済ませていく。
 入学式は何事もなく、無事に終わった。
 学年で分かれて退場していき、先頭にいる教師の後をついていく。
 カクヤたちが案内されたのは東棟の三階にある最奥の教室だった。机と椅子は合わせて二十組ほど置かれていて、背後にあるロッカーは空のままだ。これから、学生たちの活動の痕跡が刻まれていく場所になる。
 カクヤを初めとする学生たちは白板に書かれている通りに着席する。カクヤの右隣にサレトナが座った。
 全員が着席したのを見届けて、初老の金髪の教師が教卓に立つ。
 カクヤはその人物に見覚えがあった。転入学試験の際にカクヤたちの解答を聞いた試験官だ。
 教師は話し始める。
「この度は進学、または転入された皆様。おめでとうございます。私は二学年一クラスを担当する、ヤサギドリ・シェクターといいます。これから、一年間よろしくお願いしますね」
 名前に違わず、鳥が頭を下げるように優雅に一礼した。それを見ている学生は同様に頭を下げる者も、そのままでいる者もいた。カクヤは頭を下げた。
「まずは出席の確認をします。最初が肝心ですからね。その後に、制服作りのために別室へ移動です。また今日の席は固定ですが、明日からは自由に着席してください。それでは」
 ヤサギドリがクリップボードに視線を落とす。
「ソレシカ・シトヤさん」
「はい」
 長い赤い髪と、しっかりした体躯が目立つ。声は低く、ゆったりとしたしゃべり方だ。
 紅狼は両手の中に東西の星。
 そういった詩が、カクヤの中に浮かんだ。
「清風・ロックスさん」
「はーい!」
 先ほどのソレシカよりも元気に答えて、教室の雰囲気が緩む。そうした性質の持ち主なのだろう。
「ロリカ・命唱さん」
「はい」
 おっとりとした印象の少女だった。全体的にまとまりがよい。シルエットが綺麗だ。
「フィリッシュ・ノートルさん」
「はい」
 きつく答えた少女は長い金色の髪を結わいている。サレトナは驚いた様子で、フィリッシュの背中を見ていた。
「ルーレス・コトアさん」
「はい」
 独特な発声をする青年だった。のんびりとしているが、スパイスが効いている。
「カクヤ・アラタメさん」
「はい!」
 それぞれの特徴をつかもうと耳を傾けていたら、名前が呼ばれた。返事を聞いたヤサギドリはにっこりと微笑んでいる。
 その後も点呼は続いていく。
「最後に、サレトナ・ロストウェルスさん」
「はい」
 サレトナの普段よりも高い声音に、これは猫かぶりをしている状態だと、カクヤもようやくわかってきた。
 サレトナの返事を聞いてから、カクヤの前の席にいるフィリッシュがうずうずとしている。もしかすると、二人は知り合いなのかもしれなかった。しかし、まだ点呼が終わった段階なので動けない。
「はい、初日から全員がいてすばらしい。それでは移動しましょう」
 一斉に席を立つ音がする。清風を先頭にして廊下に出ると、三階から一階へと下りていく。その途中に、フィリッシュは何度も振り返っていた。三白眼でサレトナにアイコンタクトを送っている。サレトナも気付いているのか、小さく手を振っていた。


第二章第六話



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