どっちつかずを追いかけて

 未だ文化が爛熟する途上にありながらも戦火が及ばない平穏の都市がある。
 爛市メロリア。その都市に根ざす宿泊文化の中堅として「調律の弦亭」はそれなりに有名だった。
 それなりに有名、の根拠となるのはこの世界「トラストテイル」に訪れた神秘と混沌をもたらすゲスト、ただの客でありながらも一度舞台に上がると混乱の後に終幕を招く特客こと「銀鈴檻」がいるためだ。
 とはいえ銀鈴檻の面々もむやみやたらに異常事態を招くことを本意としているわけではない。本来は課題や問題の解決のために行動している。その際に派手好きなリーダーの策略もあって予想外の方向に事態が向くこともあるだけだ。過程も大切であるが結果が全てというのがそのリーダーの弁である。
 そして今日はオレンジの髪の上に赤い帽子を被った銀鈴檻の魔術師リブラスと、白銀の竜騎士であるアルトーは呑気に出かけようとしていた。
「じゃあリンカーにプレゼントを買ってくるねー」
「それ、言っていいのか?」
 明け透けに用件を口にするリブラスを心配するのはアルトーだったが、リブラスは「何を今更」と言わんばかりに堂々とした態度で主張する。
「リンカーに隠しごとなんて無駄だよ」
 それは正論なのだが、自分にだけはサプライズで驚かせようなどという気遣いを欠片もしないのはいかがなものか。
 二人を見送りながら話を聞いていたリンカーはそのように思わなくもないのだが、こそこそと裏で動かれるよりも表立って予告をされた方が気は楽なのでそれで良いことにした。
「いってらっしゃいませ」
 リンカーの見送りを受け、リブラスとアルトーは扉を開けると宿を出ていく。
 アルトーはこの隙に掃除でもしようと、閉じた扉に背を向けようとしたところで軽く背中を叩かれる。振り向くとそこには桃色の髪を二つ高く結いた少女がいた。リンカーの胸元ほどしか背丈はない。
「人気者だね」
「誕生日の贈り物なら、これまで皆もらってきたでしょう」
「私はもらっていないよ?」
「日付も数えられなくなりましたか」
 ハシンの誕生日は願月の二十四日だ。まだ一カ月以上も先になる。
 リンカーの指摘にハシンは頬に人差し指を添えて冗談めかした仕草を取る。外見だけならば愛らしいが中身を知っていると全く可愛げなかった。
「まあ、貴方の誕生日の時は祝いますよ。今回は私の番というだけです」
「機嫌がいいね」
 にこにこしているのはいつも笑顔のハシンだろうと言いたくもあったのだが、リンカーの機嫌も悪くはないので黙っていた。
 今までのリンカーに誕生日を祝ってくれる仲間という存在はいなかった。仲間の存在はあったがもっと利害に基づいた関係だ。目立った益もないのに他人の誕生日を祝う感性は不思議であったが、悪くない。
 リンカーもハシンも本心の見えない微笑みを浮かべていると、素朴な青年であるカズタカと一見すると豪奢なのだが与える印象はおとなしいネイションが出かけようとした。それに気づき、リンカーは固まる。ハシンは面白がった表情のまま眺めている。
 視線に気づいたカズタカはいつもの飾らない調子で一言だけ告げる。
「出てく」
「すぐに戻ってくるから」
 一体どっちなんだ。
 内心で思いつつも突っ込めないリンカーを置いてカズタカとネイションはいなくなった。
「見逃せない展開になったね」
「二人についていけと?」
「私は何も言っていないなあ」
 言外にけしかけられる。
 リンカーはこういった役回りばかりだな、とため息を吐きたくなりながら、それでも愛しいネイションの後を追いかけることにした。
 調律の弦亭を出て、爛市メロリアの中央にある皇女通りを歩いていく。人の切れ間にカズタカとネイションが並んで歩いているのがよく見えた。
「リンカーは敵意がましましなのに尾行は上手いんだね」
「褒めています?」
「自分で決めよう、大切なことは」
 言葉だけを切り取るとハシンは良いことを言っているようだったが、実際は面倒なので放置しているだけだ。
「でも、カズタカは君が付いてくることなんて予想しているだろうね」
 後ろを振り向きもしないのにカズタカは自分たちがいることを確信しているとハシンは断言する。普段は他人の評価に厳しいハシンだがカズタカに対しては厚い信頼を抱いている、もしくは高く買っているようだ。銀鈴檻と名前が付く前からの仲間であり、部下と上司と普段から言うほどの好意をハシンはカズタカに寄せている。
 そうはいっても細かな雑用、新聞を買ってくるようにであったり、食べたいパンケーキの予約を取ってくれなどと頼んでは断られる日常を見ているとそれも怪しいのだが。
 得意げなハシンに言い返す言葉は、これしかなかった。
「抑止力になればいいんです」
「まあ確かに」
 後ろにリンカーが控えているとカズタカが知っているだけでいきなりネイションの手を掴んで口説き出さなければそれだけで良い。おそらくそういったことはしないだろうが万が一はある。
 リンカーはまたカズタカとネイションの尾行を続けながら、同様に気配を消去しながら隣を歩くハシンを見た。
 小さい。まだ、十七歳でしかない私たちのリーダーだ。
 それなのにいつも場を先導していって時に鮮やかに解決し、時に場の調子を乱す。それでも誰もハシンを罷免させようとは考えない。銀鈴檻が銀鈴檻であるのはハシンが中心にありながら、全員をまとめる紐だと理解しているためだ。
「そういえば、私以外の仲間はどう集めたのですか?」
「君とリブラスは自薦だったけど、あとは私自らスカウトしたよ」
「少し癪ですね」
 あのハプニング開催カーニバル人間と自分が同じ括りだというのは誠に遺憾だ。
「そこは私の見る目の正しさを認めて欲しいところだね」
「それはそうですけれどね」
 言いながら、皇女通りから南東の銀貨通りへ曲がっていく。カズタカとネイションの目的地はどこだろう。商店街に入ったため、そろそろ立ち止まりそうだ。
 爛市メロリアは民を取り残す街にならないようにと街の至るところに布やランプがかざられている。住民の派手好きな気性もあるだろうが、暗闇があるだけで厄介ごとを引き起こすためだ。
 とはいえ厄介ごとを起こすのならばそれを相談する施設もある。街の監視の目を潜り抜けてなお事件を起こす気概があるのならばやってみろと市長がけしかけていた。実際に、事件が起きることはある。そういった時に銀鈴檻たちの出番は訪れるのだ。
 銀鈴檻が爛市に籍を置くと聞いたからこそ、リンカーは加入志願をし、ハシンの面接を潜り抜けて仲間になった。
 そうして現在に至る。
「まあ、今日に落ち着くまで私たちもいろいろあったわけさ」
 ハシンと同じ考えに陥ったのだが、リンカーはその言葉を話半分に聞いていた。
「おや? これまでの冒険について尋ねてくれないのかい」
 怪訝そうなハシンにリンカーはアクセサリー店を指差す。見間違えでないのならカズタカとネイションはあの店に入っていった。
「私にアクセサリーを買ってくれる? ネイションが?」
「プロポーズではあるまいよ」
「わかっていますよ」
 ハシンの一言に高揚した気分が落ち着いたので帰ることにした。これで心置きなくプレゼントをもらう瞬間を楽しめるというものだ。
「待ちなよ。二人が買うものが君のプレゼントだと考えるのは早計じゃないかい?」
「ははは、何を言って」
「カズタカがネイションに贈る可能性もあるよ。そういう抜け目ないところがあるからね」
 リンカーは動きを止めた。体とは反対に内心は激しく揺れ動く。
 もしもカズタカが自分の誕生日を口実にしながら、ネイションを連れ出して「実は、君に贈りたかったのさ」「まあ」という展開になる可能性も皆無ではない。ことあるごとに自分とネイションを張り合ってきた人物だ。それに頭の回転も早い。ここで一手を打たない可能性の方が低い。
 悩み、考えて、リンカーは立ち去ることにした。いまだ隣を歩くハシンに、負け惜しみのように言う。
「私はネイションを信じますよ」
「ふふ」
 面白がりながら結局最後まで見届けないところなど、全くハシンは私よりも悪魔らしい。
 皇女通りに戻って調律の弦亭まで戻ろうとする途中で声をかけられた。
 大きな袋をアルトーに持たせたリブラスだ。
「なにしてんのー?」
「リンカーのつきまといの付き纏い」
「よくない」
 真面目なアルトーはリンカーとハシンを揃ってたしなめた。眉間を寄せているアルトーに軽く説明する。
「ネイションが心配だったのですよ」
「どこか危ないところに行っているの?」
 そんなことはなかった。
「おい」
 低い、聞き覚えのある声を後ろから投げられて今度はびくっとした。後ろを振り向くと、予想通りにカズタカとネイションがいる。
 腕を組んで厳しい顔つきでカズタカは言う。
「リンカー、そろそろネイションのことを了承なしに追いかけるのはやめろ」
「毎回はしていませんよ」
「そういうことじゃない。迷惑かどうか判断しろってことだ」
 予想外の正論を恋敵に投げかけられてぐさりとくる。
「まあ、リンカーって休日なのに、ネイションと約束していないのにわりと一緒にいるよね」
 さらにリブラスに追撃を喰らった。
「私は、ネイションが心配で」
「そういうことじゃないんだなあ」
 のんびりとしたハシンの言葉が止めになった。痛みに胸を押さえているとネイションは苦笑するように微笑んでいる。リンカーが何をしていてもかまわないといった様子だ。
「まあ、いいんじゃないかしら。せっかくみんな揃ったのだから美味しいものでも食べにいきましょう」
「リンカーの奢りでね」
「今日の外出は私の誕生日が口実ではないのですか」
「うん。俺も、少しは出す」
「じゃあ僕は七フィールくらい」
 奢られるのを前提にして好き勝手に喋る仲間たちに呆れてリンカーは何も言わなかった。ネイションの隣をさりげなく確保しながらレストラン街に向かって歩き出す。
 銀鈴檻は今日も賑やかだ。



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