フルスコアは気付かない

 鈍感なフルスコアは三月になるまでそんなことに気付きもしなかった。
 二年の寮から三年の寮へと移動するにあたり、フルスコアはルームメイトと一緒に荷物整理をしていた。服を几帳面にたたむフルスコアとは反対にノート類を分類せずに詰め込んでいたルームメイトが唐突に言い出す。
「俺、告白するんだ」
 柔軟性に富んでいるが規律正しい青年であるルームメイト、メトロノームの突然の発言に、成績優秀だが色恋沙汰に関して成績の良くないフルスコアは緊張した。
 いまの時期に思いを告げ合うことは多いと聞くが、彼にもそんな相手がいるとは思わなかった。さらに自分に相談を持ちかけているのではなく決意表明のような言葉だから、なおさら気合が感じられて、フルスコアの胸は波に揺さぶられると同時にちくりと細い針が刺さった痛みを覚える。そのまま血液を抜き取られて死んでしまいそうだ。
 どうして動揺するんだ。
 祝福すればいいのに。
「そうか。誰に告白するんだ?」
 震える声を抑えながら、淡々と尋ねればメトロノームは背中合わせのまま、ふっと息を吐く。
「今度同室になる人に」
 待て。
「それって俺だろう?」
「うん。そう。俺はフルスコアが好きなんだよ。気付かなかったのか」
 気付かなかったと正直に答えるのも恥ずかしくて、最後のトランクの蓋を乱暴に閉めるとフルスコアは部屋を飛び出した。昼食の時間にはまだ早い頃だから、食堂に向かうわけにはいかない。図書館は点検のため閉鎖中で音楽室も鍵がかかっている。だからフルスコアは寮の階段を早足で下りながら、真っ直ぐ続く廊下を歩くしかない。
 そのあいだもメトロノームが連続で撃ってくる糖度の高い愛の弾丸を必死にかわそうとするのだが、たまに当たると愛は熱で溶けて広がっていき、背中が甘くなってしまう。
「そんなに照れなくてもいいだろ。ようやくの両思いなんだし」
「どうしてそこで両思いになるんだ! 楽観思考にもほどがある!」
「じゃあ、どうして嫌いって否定もしないんだ?」
 寮から学校に続く渡り廊下にも人が二、三人いる。その中でメトロノームが放つ言葉は目立って仕方なかったが、フルスコアは耳を塞いで逃げて回る余裕しかない。
 だって今更だが、フルスコアもメトロノームのことが恋愛の意味で好きだと気付いてしまった。
 一年生の頃からのルームメイトで上手くやれていたし、模擬訓練で命令のパスを繋げたい時もガードに入ってもらいたい時も、いつだっていてもらいたいところにメトロノームはいてくれた。やってもらいたいことをやってくれていた。座学では頼られることが多かったが自分が彼に出来ることが一つでもあるのだと思うとそれもまた嬉しかった。
 親しい友人はいくらもいるが、肩を組んで笑える親友なんて、自分にはメトロノームだけだ。だから失う時が来るのが怖い。友達ならば、まだ距離ができてもいつか再会出来るだろうが、恋人になってもすぐに別れて会うことすら叶わなくなったら。
 足が止まる。目の前に落とし穴があって、半分足をかけている気になった。
「こらー! 引っ越しの準備をしなさいと言ってるでしょう!」
 寮監督の声が聞こえて意識を取り戻す。
 ぱし、とフルスコアの左手を違う熱が覆う。振り向くと太陽の光に明るい色の髪の毛を透かして、メトロノームが少し荒い息を吐きながら、やんちゃに笑っている。
「つかまえた」
 手を強く引っ張ってメトロノームが向かうのは寮の相部屋だった。自分を追いかけてきてくれたからメトロノームはまだ荷物の整理を終えていないだろう。そして、トランク三つには入りきらない何かをフルスコアのトランクにこっそりと忍び込ませるのだ。
 去年もそうだったから知っている。
 フルスコアを信頼してくれているのを知っている。
 まるで親に連れていかれる子供のようにフルスコアはメトロノームの後をついていかされた。
 メトロノームは放さない。
 フルスコアの手を放さない。
 放してくれ、と言っても放さなかっただろう。それが胸に迫ってきて、フルスコアは言わずにいられない。
「もし、いま好きだとしても」
「うん」
「いつか別れるときが来るだろうし」
「うん」
「そうなったときにどんな顔をして、君に会えばいいんだ」
「好きだよ」
 苦い告白の流れに混ぜ込まれた愛の言葉はやっぱり甘くて優しくて、泣きたくなる。
「フルスコア。俺は大事なのは、いま、だって思うから。おまえが永遠の愛を欲しがっているとしても、それはがんばることしかできないけど。いま俺がおまえを好きなのだけは嘘も偽りもなく誓えるんだ。これだけは真実」
 メトロノームが明日からはもう使わない相部屋の扉を開ける。部屋の中にはマットレスが置かれただけのベッドと、小さな引き出し、勉強用の机に、引っ越し用のトランクが二人合わせて七つ転がっている。換気のために開けた窓から入る風によって、青いカーテンがたなびいていた。
 いまだけの光景を眺めながら、フルスコアはメトロノームに抱きしめられる。
「好きだ」
「俺もそうみたいだ」
 「知ってた」と返ってくる声は生意気で愛おしかった。


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