そして、雨月に入った。
カクヤたち二学年一クラスの学生たちは静かに席に着きながら、講評試合の総括を務めるローエンカの説明を聞いている。
「さて! 今月はセイジュリオにおいて、学年度初の大きな行事が開催される。その名も講評試合だ。要項やルールは配った冊子に書いてある。とはいえ、読まない奴も当然いるから、概要だけはいまから頭にたたき込んでくれ」
ローエンカはペンを持って白板に書いていく。
まずは、講評試合は雨月の十日から十四日の間に行われる。
「組み合わせについては冊子を開くこと」
カクヤは冊子をめくる。史月の戦闘実習の際にも言われたとおり、無音の楽団はユユシとスィヴィアと試合をすることになっていた。他のチャプターもそれぞれ三組ずつ競うことが定められていた。
ローエンカは説明を再開する。
「各試合に勝敗はあっても、総合順位はない。各々全力を尽くすように。あと! 武器には必ず安全加工を施すこと! 先生との約束だ」
戦闘実習であっても、大怪我を防ぐために威力軽減の聖法や魔法をかけておく。または安全装置を装備しておくことを安全加工という。カクヤの刀も切れ味を鈍くさせる聖法をかけておかなくてはならない。切れ味良く、同級生を傷つけてしまったら大変だ。
その間にローエンカは白板に試合内容を書いていった。
「駆け抜けた春」や「沢山の、沢山」、「つかんで放さないで」といったものから「陽炎縫い」「青雪崩し」といったものなど、名前からでは内容が察せられない。とはいえど、一つずつ試合内容について説明することはしないようで、冊子をよく読んでルールを把握するように何度も言われる。
カクヤはまた冊子に目を走らせていった。
無音の楽団とユユシが「駆け抜けた春」であり、ユユシとスィヴィアが「暴風越え」、スィヴィアと無音の楽団が「沢山の、沢山」といった競技を割り振られている。
「駆け抜けた春」は両方に陣地があり、陣地は場所によって十点から四十点まで得点が決められている。攻め手がフラッグを刺した箇所によって加点されていき、点数が高い側を勝者とする。受け手は攻め手が得点するのを防ぐために、各地点で一人ずつ守りを張る。あとは試合内容によって評価が加減されていくらしい。
「沢山の、沢山」はさらに簡単だった。各選手にあらかじめ得点が決められていて、その選手を倒した回数だけ加点されていく。どの選手を何回倒したか、またあらかじめ用意し、試合において使用した技法術によって総合点数が決められる。
冊子の後半三ページには細かなルールが書かれていて、最後のページに日程表があった。
「五日から七日は準備期間になる。悔いのない結果を出せるように、できる限りの準備をしろよ。先輩たちにアドバイスをもらうのも大いにありだ。さて、質問はあるか?」
ローエンカが教室を見渡す。
清風が手を挙げていた。
「賞品は出るんですか?」
「セイジュリオからは出ない。だが、見学に来る外部の方たちに良いところを見せるチャンスではあるぞ。都内協力活動の時に声をかけられたりな。そうそう、外部参加者についての説明だ」
ローエンカは教卓の上に乗せていたチケットを前から配らせていく。一人につき一枚ずつ渡された。
「これが講評試合の観戦チケットで、このチケットを持っている人はセイジュリオに入って見学できる。ただ、信用できる人だけに渡すように。譲渡の際に金銭が絡む行為も禁止だ」
説明が終わった後に、ローエンカはもう一度質問がないかと呼びかけたが、手が挙げられることはなかった。
最後に武器の安全加工の指示については特に念を押してから、ローエンカは教室を出ていく。
学生だけが残された教室は一気に講評試合についての話で盛り上がっていった。それぞれ気心の知れた関係ができあがったいまとなっては、教師のいない時間は即座に雑談の時間になる。
カクヤの背中がつつかれた。振り向くと、後ろの席に座っているサレトナが不敵に笑っている。カクヤも笑みを浮かべながら言う。
「ついにこの時が来たな。約束は覚えているんだろ?」
「ええ。私から言ったことだもの」
顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。
カクヤはサレトナから、講評試合に勝てたら褒美を授かれることになっている。流月でのデートとは言えなくもない外出の日にサレトナから言われた。
褒美は十分に目の前に吊り下げられた餌だが、それ以上にサレトナ、タトエ、ソレシカといった仲間たちのために勝ちたい。
「ついに、カクヤの本気が見られるのか?」
カクヤの前の席に座っていた清風が振り向いてくる。同じくチャプターのリーダーを務める友人で、勝利に関する意欲はカクヤも十二分に認めている。
とはいえど、清風の言い方には一点だけ言い返したいところがあった。
「いつだって、手を抜いていたわけではないよ」
「ふーん? でも、ま。講試が楽しみだな!」
教室の他の学生たちからも、どのような戦略で詰めていくか、もしくはどこのチャプターの勝利に賭けるかなどといった言葉が聞こえてくる。賭け事が講評試合で許されるのかは不明だ。ローエンカは苦笑して黙認するだろうが、ヤスズなどが知ったら笑顔で制裁を下すだろう。
入学当初に比べて色鮮やかな掲示物が増えてきた教室に、足音が近づいてくる。カクヤも前を向いた。
教室に入ってきたのはヤサギドリだ。
次の授業がもう始まるのかと、慌てて教材とノートなどを取り出す音が、がたがたと教室に響く。ヤサギドリは穏やかな声で言う。
「慌てなくとも大丈夫ですよ。私も、講評試合に向けて一言だけお伝えしたいことがあるため、早く来ただけですから」
こほん、とヤサギドリが一度咳払いをする。
「講評試合の勝敗は獲得した点が基本となりますが、決してそれのみで決まる訳ではありません。もしこれが、戦場であったのならば。もしくは戦争を未然に防ぐ場であるのならば。それらを前提とした状況での判断力、また倫理観も常に問われます。それらによって点数が加減されることも大きいのです」
いいですか、と言葉が切られた。
「野生の獣として勝つのではなく。理性ある人として勝利を手にしてください。以上です」
ヤサギドリの言葉はカクヤの胸に強く響いた。
勝利のために何をしても良いのではない。規則を越えて行った不義理や非道には必ず報復が訪れる。
勝利のために、汚れた手段を使い尽くす必要はなく、心身全てをチップとして賭ける必要もないのだ。
もし可能であるのならば、カクヤは正しく勝利を手にしたかった。
>第五章第二話