出逢った音は千変万化の色を鳴らして 第六話

 休みが終わるとまた学生としての責務が始まる。
 月の曜日から金の曜日まで、多様な授業を受けていく。地理や数学、言語といった基本的な座学に始まり、道具に属性を付与するといったセイジュリオ特有の実習まで様々な科目が並ぶ。
 そうして金の曜日の一時間目が終わった頃に、サレトナが考え込んでいた。後ろの席で難しい顔をしているので、カクヤは声をかけた。
 サレトナの答えは複雑なものだった。
「どこの学校にも、戦闘実習という授業はあるの?」
「あるところはあるし、ないところはないんじゃないか?」
 カクヤも確信を持って答えることはできなかった。サレトナもはっきりとした答えが得られなかったことにより、また考えの渦に落ちているようだ。
 サレトナの質問の意図を確かめるために、カクヤはサレトナが知りたいことを尋ねる。サレトナ自身もはっきりとした質問を見つけられていないようだが、話を聞いて、その断片をカクヤはまとめた。
 つまりは、絢都アルスの住人にとって戦闘技術を身につけることは当たり前なのか、ということだ。
「なんか俺の授業でわからないところあった?」
 会話が耳に届いたのか、一時間目の授業の教師であるローエンカが近づいてきた。サレトナは生真面目な表情のまま、カクヤに投げかけた問いをローエンカにも尋ねる。
 ローエンカは二、三度頷いてから面白そうに笑った。
「いいところに目を付けたな。じゃあ、次の授業が始まるまで、簡単にどうしてセイジュリオでは戦闘実習があるのか、そのセイジュリオにどうして入学希望者がいるのか、説明するよ」
 ローエンカはカクヤの隣の席に座り、話を始めた。
 第一に、戦闘実習自体はどの学校においてもそれほど珍しいものではない。セイジュリオ以上に戦闘に重きを置いた学校も存在している。
 ただ、セイジュリオでは技法の開発に主眼を置いて戦闘実習が用意されている。それは編み出された技法を戦闘だけではなく、実生活にも役立てるためだ。例えば、火を扱う魔術を覚えていたら、野外で火を起こせない状況であっても、魔術によって火を起こせるというのが一例だという。
「セイジュリオというか、アルス自体が技術発展を重要視しているからな。そこにあるセイジュリオも、新たな技術によって世界をより良くしていくための学校、っていうのがポイントだ。そういうところに力を入れているから、アルスは農耕や漁業、畜産といったものも免除されている。まあ、土地が向いていなかったってのも大いにあるが。ここは昔も昔、大分荒れたからな」
 ローエンカの説明にサレトナは興味深く頷いている。カクヤも同様だった。
 カクヤがセイジュリオに転学した理由として、故郷を離れたかったというのはある。だが、いま説明されたように特殊な授業科目と技法の研究に興味を持ったのも、事実だった。
 サレトナがそれらについて知らなかったのは意外ではあるが。
「だから、戦闘技能の向上のためだけに戦闘実習があるわけじゃないんだよ。ロストウェルス。セイジュリオの戦闘実習は、まず技術発展のために。あとは護身のために。とはいえ、芽のある学生は、将来都市の戦闘職に就くこともままあるな。あとは地方に戻って、狩りや牧場の警備とかもする仕事もあるから、チャプターを作って団体での戦闘に慣れさせておくんだ」
「アルスでは誰も彼もが戦えるのかと思いました」
「戦えるぜ? まあ、個人差はあるけど」
 その返事にサレトナは驚いていた。
 ローエンカは再び説明する。
 絢都アルスは大陸シルスリクの各地で対応しきれない災害や、犯罪が起きたときに技能職員を派遣する。また、遠い過去の話ではあるが、戦乱のあった時代の風習が残っていて、アルスの民は戦闘のための聖法や魔術、武器を扱うようになった。
「力があると、犯罪や暴力という方向で使われがちだけど。アルスであんまりそういった騒ぎが起こらないのは、互いに力を持っているから、抑止しあっているってのがあるな。あと単純に、暴力目的の力の行使は重罪」
 その話を聞いて、クレズニが数日前に壁を作るなどしたことは大丈夫だったのかと、少しだけ気にかかった。場合によっては犯罪にもなるため、魔法を使ったことに怒った人物がいたのだろう。
「と、いうわけだな。で、肝心のセイジュリオへの入学希望者だが。純粋に技術を磨きたい奴もいるし、将来の都市への就職のための布石にする奴もいる。戦闘技能を上げたいだけなら、別の学校に大抵は行ってるよ。そういうところは非認可が多いから、俺はおすすめしないし行きたくないけど」
 これでいいか、とローエンカに尋ねられて、サレトナは頷く。満足した様子だった。
「じゃあ、ローエンカ先生。セイジュリオには戦闘に特化して学びに来た方はいらっしゃらないんですね」
 最後の確認に、ローエンカはいままで逸らさなかった視線を初めてずらした。向かっているのは、上空だ。
「あー。完全に、そういう、びっくり箱がいないわけでもない。そういうことにしといてくれ」
 カクヤとサレトナは揃って首を傾げた。
 ローエンカは苦笑して立ち上がると、そのまま教室を出ていった。その背中を見送りながら、荷物の増え始めた教室を見渡す。二学年一クラスの学生たちで荒々しい話はまだ聞いていない。ソレシカなどは何を考えて、セイジュリオに来たのかは少しばかり気になる。異常というほどではないが、かなりの戦闘能力を持っていた。
 そこで、鐘が鳴った。


第三章第



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