至はわりと強運か?

 真夏の夕方の頃、真道至の家にて下宿させてもらっている利原公約は、ぱたぱたと扇子で自身を仰いでいた。
「暑いですねえ」
「クーラーはきちんと使いなよ」
 ぴ、と音が鳴る。後ろにいる同居仲間である古仲鳴の手によって、冷房の温度が下げられた。青い半袖シャツの下にある公約の肌がぞわりとさざめく。こういう時に空調が苦手な体質が恨めしかった。隣に置いておいた、薄手のカーディガンに腕を通す。それを見て、鳴は温度を上げ直した。
「機械はいろいろと調整できるのに、人間自身は今の環境に適応できないなんて、ままならないものだね」
「いまはそうですけど、将来はどこが最適な状態へと落ち着くかはわかりませんよ。人間も機械も日々、進歩していますから」
「公約は機械が好きなんだよね」
「正確には、プログラミングですね。組み立てるのは至先輩とかの方が得意でしょう」
 この家の家主である真道至という青年は工作が得意らしく、家にある家具のほとんどは組み立て式とはいえ至が作ったと聞いている。顔と体と肌が命であるモデルの鳴に、わざとそういったことをやらせる意地の悪さも至にはない。だから納得できることだった。
 かちゃりと扉が開く。
 話をしていたら、その本人が帰ってきたようだ。
「ただいま! 商店街の福引で、四等が当たったぞ」
 姿よりも声が先に飛んでくる。至は箱を両手で抱えながらダイニングルームへ入ってきた。慌てて手を貸す公約を制止ながら、テーブルの上に置く。包装紙をめくっていくと、姿を現した。
「自動流しそうめん機だ!」
「戻してきなさい。もしくは寄付しなさい」
 きっぱりと言う鳴に反して、公約は唇を尖らせる。
「この子は夏だけの命なんだぞ」
「夏だけの命のために貴重な部屋のスペースを削るの?」
 全くもって鳴の指摘は現実的だった。至はせめて、公約を味方につけようと顔を向けてくる。その時、すでに公約は説明書を読み始めていた。
 こうなってはどうしようもない。
「流しそうめん、するぞ!」
 鳴はにっこりと笑って言う。
「俺は食べるだけだからね」
 任せてくれ、と至と公約は頷いた。
 そうして流しそうめんパーティが始まるが、結果は盛り上がった。
 予想していたように玩具であり、単調な楕円と傾斜が組み合わさっただけの形だが、流れる速度はかなりのものだった。最初はこつをつかめず、鳴の箸が何度も空振りをする。行き着くのは、至か公約の腹の中ばかりだった。用意した薬味の大葉と茗荷も時間が経つごとに姿を消していく。
「よし! じゃあ黄色のそうめんをつかんだ者が優勝だ!」
 最後の一束に残された、五色のそうめん。
 至が、ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと傾けていく。そうしていまだ流れの早い自動流しそうめん機に身を落として、巡り出す。
 公約は食べ物で遊ぶのはいけないことだとわかりつつ、楽しかった。何事にも動じない、落ち着いていてシニカルな鳴が、珍しくむきになっているのも夏の暑さが一端なのだろうか。 箸が水につかり、そうめんを持ち上げる。
 黄色いそうめんをつかんだのは、鳴だった。満足げに口に運ぶ姿を、至も公約も微笑ましく眺めて、夜は深まっていく。
 夏の、きらめく思い出がまた一つ増えていく。これもまた千晶推参なのだと、公約は麦茶を飲み終えてからぼんやりと考えていた。


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