みらいみらいのとあるところに。
貴海とファレンという新婚夫婦がいるのです。
旦那さんである貴海さんはほろ苦いチョコレートのようなお方で。
お嫁さんであるファレンさんは咲き初めの薔薇のようなお方です。
そんな二人は少し先の未来で、仲良く幸せに暮らしています。
貴海には最近気になっていることがある。
愛しい新妻であるファレンが午後九時になると決まって外に出ることだ。浮気や心変わりを疑っているわけでもなく、ちょっとした自由を侵害したいわけでもないが、一日も欠かさず午後九時になる手前に「少し出る」と外に出ていかれる。それが二週間も続いているというのに気にしないでいるのは無理だった。
現在は午後八時五十分で、あと五分ほどしたらファレンが外に出ていこうとする。
「なあ、ファレン」
「どうかしたか。喉でも渇いたなら茶を淹れるぞ。ティーバッグだがな」
「リーフでは淹れてくれないのか?」
「うん。いまは無理だ」
きっぱりと言われた。予想通りに、今日も外に出るつもりなのだろう。直接問い詰める真似はしたくないが、このまま流したくもない。
「だったら俺が淹れるよ。君はソファに座ってて」
「ん、いや。ちょっと出てくる」
笑いながらも浮かぶ陰りをこれ以上は放置しておきたくなくて、立ち去ろうとする腕をつかんだ。そのまま引き寄せて閉じ込める。首を傾ける自由すら失った花の肩に顎を乗せて耳の中へ言葉を転がした。
「俺も行くのは駄目なのか。夜毎に君が羽ばたく場所へ」
「たとえパンの欠片が落とされていたとしても、後をついてはいけないよ。毎夜通うのは俺だけが許されている場所なんだ」
「俺と君はつがいなのに?」
「愛しあっているからこそさ」
金の瞳は誘惑にとろけずに見上げてくる。同時に貴海という檻の外に出ようとぎりぎりと腕に力をこめてくるから、折れることにした。ぱっと両腕を放すとファレンは瞬時に駆け出す。玄関で速度を落として、近隣に迷惑にならないように外へ出た。
貴海は追いかけられない。パンの屑が残されていたとしても気づくなと言われた。だったら、明日以降も知らないふりをするしかできない。ファレンのことだから、きっと貞操が関わることではないのだから。
納得しようとしても胸に針が刺さる。結婚したといってもメリットなどはないのではないかと考えそうになったところで、緑茶を淹れることにした。
途中でファレンが戻ってくる。振り向かないで湯を沸かし過ぎないように気を遣っていると、ぐっと後ろから抱きしめられる。柔らかなふくらみが押し当てられたが動揺しないように頑張った。
「どうした」
「最近、毎日外に出ていたのには。お前に聞かせるわけにはいかない理由があってな」
「それは俺こそ無理に責めすぎたよ、ごめん」
「惚気だ」
手が止まる。顔を上げないまま、しがみついてくる新妻は額をこすりつけてくる。
「お前という存在の惚気を、お前に聞かせるわけにはいかないだろう」
「むしろ、すごい聞きたいのだけれど」
ファレンによる俺への誉め言葉や、否定する材料すら愛しくてたまらないという内容の話はむしろ俺が率先して聞くべきだろう。
夫なのだから。つがいなのだから。
急須に注いだ熱湯がほどよく茶葉の美味を抽出したところで、マグカップへと移していく。ファレンは味を楽しむことはできないけれど薫りは感じられるので、この一杯で心をほぐしてくれたらよい。
地のついた甘さが鼻をくすぐっても、まだファレンに顔を上げさせないまま、貴海は言う。
「俺もファレンのかわいいところならたくさん言えるから、勝負しよう」
腰に回された腕の力は黙って強くなった。