平穏と罪業の変奏曲はいずれ 第十五話

 中綴式も終えて、星月の第三の土曜日を迎えた。
 今日は沈黙の楽器亭での手伝いのないカクヤとサレトナは英断商路まで歩いていく。とはいっても、用事は別個にあった。カクヤは以前からねだられていたセキヤとの外出であり、サレトナは人と会う用事があるという。
 うっすらと汗ばむ陽気の中を、サレトナは日傘を差して歩く。カクヤは帽子を買うべきかと少々考えてしまった。焼けつくというほどではないが、真っ白な光が空から降り注いでいる。地面に現れる影もくっきりとした形を取っていた。
 英断商路に入ると、露店が並んでいる区画でアクセサリー屋を覗いているセキヤがいた。その横顔は滑らかな曲線を描いていて、美しい。楽奏のアクトコンで「あいつも静かにしていたらなあ」と嘆かれていたことを思い出す。
 だけれど、カクヤは屈託のないセキヤの話も好きだ。自信と肯定に溢れているのだが、他人のことを貶めることもしない。
「カクヤ。ここで、ね」
「ああ。気をつけて」
 サレトナは静かに離れていく。カクヤはその背中を手を振って見送りながら、セキヤのところまで近づいた。セキヤも青石の腕飾りを買い終えたところだったらしい。カクヤに気が付くと笑いかけてくる。
「待たせたな」
「いま来たところです」
 セキヤは周囲を二回ほど見渡す。
「今のは恋人のやりとりみたいだったね」
「だとしてもセキヤ先輩とはそうなりませんよ」
 はっはっは、と互いに声を上げて笑う。
 セキヤは小さな鞄に腕飾りをしまうと、歩き出す。
「まあ、とにかく行こうか。目的の場所までは少し歩くからね」
 軽い調子で言われたために、カクヤはセキヤの示す場所はアルスの中にあると思っていた。だが、セキヤは真っ直ぐに南の門を抜けると、他の区画も通り抜けていき、アルスの外に出た。
 涼やかな風が頬を撫でていく。
 セキヤはカクヤよりも二歩ほど前に立ちながら、整備されている街道を進む。カクヤは前期の間はアルスから出ることはなかったため、街道を歩くのは久しぶりだった。
 歩きやすい地面を踏んでいきながら、左右には緑が繁茂しているのを見て取れる。夏の青々しさだ。他の季節にはない、命のきらめきだ。
 しばらく黙って道を進んでいたが、カクヤが先に口を開く。
「どこに連れて行く気なんですか?」
「そうだねえ」
 曖昧に頷くだけで明確な答えは返ってこない。着けばわかることなのだろうと、カクヤもそれ以上は尋ねなかった。
「アクトコンには入るのかい?」
「そのつもりですよ」
 サレトナに誘われた楽奏のアクトコン。楽器の演奏はこれから覚えていったらよいとも言ってもらえたので、後期から参加する予定だ。
「それはいい。サレトナ嬢も喜ぶだろう」
「少し、悩むところなんですけどね」
 サレトナと一緒にいる時間が長くなりすぎるのではないか。
 カクヤはそういった不安を抱いていることを打ち明けた。
「どうしてだい?」
「サレトナは、一人でもできることを増やしたいみたいなんです。でも、俺がいるときっと助けに入ってしまうから。見守るだけも大事なのかって、悩みます」
 素直に吐露した感情をセキヤはいつも通り踏みつけたりしない。だが、眉を寄せつつ「仕方ない」といった様子の笑みを見せた。
「面倒な男だな、君は!」
 つられたわけではないが、カクヤも苦笑してしまう。
 傍から聞くとただの惚気にしかならないだろうが。カクヤにしてみれば、真剣な悩みだった。サレトナが一人でがんばりたくとも、カクヤはきっと、彼女が困っていたら助けずにはいられない。それほど大切にしたい。
 見守って支えることも必要なのはわかっているというのに。
「僕にもアユナという弟がいるから。気持ちはわかるけれどね。うっとうしがられてでも守りたい。それが、愛だろう」
「愛」
 さらりと口にされた言葉にカクヤは顔を赤くする。
「人って、恋をするものなんですね」
 自分がサレトナに抱いている感情を形にされると、どうにも恥ずかしい。否定的な意味ではなくて、また誰かを愛したり、恋に落ちるということがあるとは思いもしなかったためだ。サフェリアを失って、二度と自分は誰かに惹かれることも、好かれることもないと思っていた。
 だけれど、セイジュリオに来て、友人も先輩もできた。ルリセイにはなかった新しい関係を築けている。
 それに、やっぱりサレトナという存在はカクヤにとって大きいものだ。最初から気にかかってはいたが、いつの間にか胸の奥の小部屋に収まってしまった。開ける度に胸が温かくなる。
「歯止めを利かせることができないから、愛であり恋なのだろうな」
 セキヤの独白めいた相槌に頷く。
 すっと、長く細い指が街道の途中にある建物へ向けられる。どうやら休憩所らしい。
「ここで一旦休もう」
 セキヤの歩みを追いかけるようにして、青い看板の立てられた休憩所に入っていく。
 休憩所の室内には簡単な食事をすためのる喫茶や、身近な道具を扱っている店などが六店舗ほどあった。
 興味深い店もあったが、セキヤは真っ直ぐに喫茶へ向かっていったので、カクヤもその後に続いた。

>第七章第十六話



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