戦歌を高らかに転調は平穏に 第二話

 再び、カクヤはカードを切る。
 失敗のないように丁寧に古びたカードを扱っている間も、サフェリアは楽しそうだ。サレトナに次の質問の内容を尋ねている。
「他には何が聞きたいの?」
「あなたは、誰ですか」
「自己紹介はしたけれど。詳しく知りたいのなら、勝ってね」
 カクヤが置いたカードをサフェリアは指で叩いて示す。
 次はサレトナが山札からカードを取っていった。サフェリアが一枚だけ交換して、すぐに開示する。
 サレトナが赤と緑の三、赤と黄の八、黒という珍しいカードが出た。
 サフェリアの手元を見ると、青と黄の八、青と赤の四、そして緑の五だ。
「私の勝ちですね」
「ええ。では、私とはなにか、だけれど」
 サフェリアは左手の五指を開いて、自身の胸に当てた。
「カクヤの幼馴染みで、ただの人間だった、サフェリア・ギーデンノーグ。でもいまは『承認』に仕えている上位存在。ただし、不可視存在には至らず」
「人が」
「私がサレトナさんと話しているのよ。カクヤは口を閉じていて」
 厳しく制止された。
 カクヤは黙って引き下がるが、味方のはずのサレトナから向けられる視線も痛い。不満というよりも、怒りが感じられる。
 サレトナは細く息を吸うと、サフェリアに問いかけた。
「人が上位存在になれるのですか」
「そうみたいね。『摂理』の応用にあたるんじゃない? 代償も大きいらしいけど」
 素っ気なく言い終えて、サフェリアは言葉の後半でカクヤを見やった。今度は、カクヤも目をそらさなかった。
 そして、最後のゲームになる。問われる前にサレトナは言った。
「あなたは、何のためにカクヤのところへ来たの?」
 一度目と二度目と同じく、カクヤが切ったカードの山札を置く。サフェリアが取り、サレトナも上からカードを取っていく。
 結果は、サレトナの勝利だった。
 サフェリアはカードを戻していくと、すらすらと話し始める。
「カクヤに会いに来たのはもののついでよ。上から役目を任されたから、アルスとかつての婚約者候補の顔を見に来ただけ。相変わらずの、間抜けな顔をね」
 そこまで言われてかちんとこないでいられるほど、カクヤは穏健ではない。だが、間を断ち切ってサフェリアは立ち上がる。
「そろそろ夕食でしょう。私は帰るわ。また、会えたらよろしくね」
「待て。送るから」
「ついてこないで」
 清々しいほどにっこりと微笑まれて、拒絶された。カクヤの手が浮く。
 未練など欠片もない様子で、サフェリアは応接室を出て行く。背筋の伸びた凜とした背中をカクヤとサレトナは見送った。
 タトエとソレシカは先に用事を済ませると場を外しているので、二人きりになる。サレトナの吐いた息の音がわずかに響いた。
「悪い。疲れたよな」
「謝らないで」
 低い言葉と同時に睨まれて、カクヤはびくりとした。また、手が空をさまよう。
 今日はユユシとの試合だけでも疲労困憊になったというのに、まさかの、見たくのなかった過去まで登場してきた。体の疲労だけではなく心労も大いに蓄積させられてしまい、言葉を発するだけでもげんなりとしてしまう。
 それでも前に進むために、カクヤは言う。
「食事に、するか」
 それ以外に言えることも、言いたいこともいまはなかった。
「そうね」
 聞きたいことは山ほどあるだろうに、サレトナは普段通りでいてくれる。申し訳なくて、ありがたかった。
 カクヤとサレトナは応接室の照明を落とし、扉を閉めて食堂へ向かっていく。中に入るとすでに夕食の準備は済ませられていた。
「おつかれさま」
 椅子に座っていたタトエが立ち上がり、声をかけてくれる。ソレシカは座ったまま片手を上げていた。
 二人とも、変わらないでいてくれる。カクヤのことで嵐が訪れたというのに。
 いつものようでないようで、いつも通りの明るさが闇の先にはあった。問題を先送りにしているのだろうが、暗闇に潰されるよりかはよいだろう。

>第六章第三話



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