立ち止まって呼吸をすると少し冷えた風と一緒に入る金木犀の薫り。
どの季節もときめきはありますが、私は秋の寒さに向かって少し寂しい気持ちになるところが大好きです。
秋に恋をしている成瀬です。
【拍手お礼】
10月12日 午前10時
10月14日 午後10時
ぽちぽち拍手を押してくださり、ありがとうございます!
心地よい音が響きます。
【ささやかな反抗】
私の書くキャラクターは自己肯定感がきちんとしている、もしくは高い子が多いです。言い換えれば自分を信じることができます。そういうキャラクターが揃っていますね。時には揺らぐ『花園の墓守』の衛さんだって自分の信念をしっかりと持っていました。
その特徴はストーリー上の都合、ではなく「そうあってほしい」という私の祈りなのでしょうね。私自身は「自分を大切にしていい」という人にとって当然であるべきことを奪われる苦しみとは親しいのです。これでも。
そのために私と関わった結構な方々が「成瀬さんはそれなりに自分勝手」と評する自覚もありますが、表現としては妥当です。ただし一部に限ります。正答ではないのです。私の被害に遭った方々は私のことを非難し、憎悪し、無関心になります。それは当然ですので特に私が抱いている苦痛を訴えるつもりはありません。そう感じさせる部分も私の一面としてあるためです。
私には正しく善良な面と、歪んだ悪辣な面があります。
でも、それが人なのでしょう。
最近になり、ようやくそう思えるようになりました。忙しないですが、落ち着いた十月を過ごせていることも大きそうです。
長い間、私は全ての面を正しく善良であらねばならないと決めていました。ですが、それは呪いです。自他ともに傷つけていき、破壊していく暴力としかなりませんでした。
現実でも、ネットでも、傷つけて傷つけられて、傷ついた多くの人に届けたい物語があります。それは美しいだけの虚構の夢物語に聞こえるでしょう。
それでも、書きたい言葉があります。
私の言葉よりも人の心を動かすことができて、変えられる「物語」という形で。それが終わるまでは私は筆を止めないでしょう。
いまこちらの雑記を書きながら、微笑んでいます。
物語はすごいですよね。見知らぬ人を近くにして、心に情動を染み込ませながら時に笑わせて、涙させることもできる。間違いなく明日を生きる一歩を踏み出させてくれる。どれだけ些細で、小さな一歩でも。前に向かせてくれます。
ですから、私は物語る全ての方々に敬意を払いたい。それは決めています。
だとしても、好悪の感情と今後とも付き合えるかの判断は別にしています。
していいのです。
私も、貴方も。
ただ、それでも大切なのは交流の扉を封鎖してしまわないこと。
嫌いな誰かが花束を持って扉を叩いた時は開けてみよう。たとえ花束の中に銃が仕込まれているとしても。
そういったことを考える、夜でした。
こちらだけでも物語になりそうですね。
と、いうことで。
これから忘れない限りは出てくる、夜のおしまいの挨拶になります。
そうして鳥は羽ばたきました。貴方に優しいとばりが降りますように。