道中で声をかけられることはなく、トリルは教会の扉を押して開いた。カクヤも扉を押さえて、サレトナを先に入らせる。
教会の前から二つ目の長椅子には具合の悪そうな青年が座っている。トリルはのしのしと青年の前まで進んでいった。
「どうされましたか?」
「ああ、トリルさん。遺跡調査でドジを踏んでしまいました」
「それは大変だったね。少し、見せてもらうよ。アラタメくんとロストウェルスさんは神様でも見ていて」
言われたとおり、青年から目を離してステンドグラスの光を受けている彫像にカクヤとサレトナは目を移した。彫像は背の高い杯を手にする女性の姿をしていた。足下には「途切れない静寂」と書かれた台座がある。この神の遠称だろう。
「これは禁授の呪いだねえ。ちょっと待っていて」
「あの、私にも見せてもらえませんか?」
禁授という言葉に反応したのか、サレトナが声を上げる。しかし、トリルは緩やかに首を横へ振った。
「安心して。僕もそこそこやるんだから」
カクヤもサレトナの背中に触れて、また神に視線を戻させる。サレトナは振り向きたそうだったが、カクヤの視線を感じて顔を前に向け直した。
トリルは苦しんでいる青年の左腕の痣に手を向けながら、ローブの下に備えていたらしい鞄から液体の入った容器と布を取り出す。そうして、左腕に一、二、三滴と液体を垂らした布を当てながら厳かに唱え始めた。
「君の怒りは僕が引き受ける。君の悲しみも僕が背負う。だから、君の喜びは君のものであり、君の楽も君のもの。さあさ、大人しく心安らかに、その身を僕に預けなさい」
後半の気楽な物言いに従ったのか、青年の顔から苦痛が消えていき、恐る恐るといった様子で腕を振るう。ぐるりと動いた。
トリルはにこりとしたまま青年にいまの調子を問う。全く問題ない、と返ってきた。
「それはよかった。で、どういう罠だったのか教えてくれる?」
「えっと、今回の遺跡の罠は石でした。鉱石が沢山あった中で、調査している途中に石に刻まれた文字を読んだらこの様です」
青年の話す内容をトリルは帳面に書き記し、終わると青年を教会から送り出す。その後に呪物をてきぱきと浄化して、布をたたみ直すと、また鞄に戻した。
一連の手慣れた動きにカクヤは感心する。
「すごいですね」
「慣れだよ。ヘキサの周りには三つの遺跡があって、毎日誰かしらこういった呪いに引っかかるから。そして、ロストウェルスのお嬢さん」
トリルはゆっくりとサレトナに向き直った。表情に穏やかさを残したまま微笑んでいる。
「誰かに任せられるときはね、相手に任せていいんだ。たとえ、君の方が詳しくて上手くやれる自信があるとしても。それに、ここの司聖は僕だから。ヘキサの神とのやりとりは、僕の範疇でもあるんだよ」
「はい。失礼しました」
「わかってくれたらいいさ」
トリルの言葉をサレトナは大人しく受け取った。だが、カクヤは未だわからない、聖職や神職という職務の壁を感じた。やるべきことをただ果たすのとは違う。聖職と神職には儀を行うべき者と定められた者が行うことに意義がある。そのことだけは飲み込めた。
そして、トリルが聖職者の役を果たしているのなら、タトエはどうするのだろう。後継者として同じ道を歩くのだろうか。
「あの、タトエもトリルさんの後を継ぐんですか?」
「それはわからないねえ。僕はタトエじゃないから」
もっともだった。
変奏曲より紡がれし明日への希望 第四話
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