席に置かれていたメニュー表としばらくにらめっこをしていたが、タトエは以前から目をつけていたものを注文することに決めた。
店員が来る。
クレズニは葡萄の紅茶を頼み、タトエは焼き菓子を三種と今日は冷たい紅茶にした。
注文を聞き終えた店員が立ち去った後、クレズニがまずしたことは、謝罪だった。
「以前は失礼なことをして、申し訳ありませんでした」
「そうですね」
カモノハシの涙で奢られることに対する感謝はある。だが、サレトナを卑下したことは違う問題なので、タトエは簡単にクレズニを許すことはしなかった。
カクヤほどサレトナを取り巻く環境に首を突っ込む気も、献身的に支える気もタトエにはない。友人であるからこそ、距離感は重要だ。だけれど、友人が傷つけられたことを家庭の事情と看過する気もない。助けられることならば、サレトナを援護したいという立場にタトエはいる。
そして、今回はサレトナに関する繊細な点について知ることのできる、絶好の機会だ。
タトエはクレズニに何を質問するかを考える。その間に、クレズニが先に口を開いた。
「タトエさんはロストウェルスについて、どこまでご存知ですか?」
「身分制が廃れたいまとなっても、人族を代表してノーブル・マテリアルの一つである『永遠の氷』を守る、聖職。それくらいですね」
シルスリクには四つの戦乱の時代を経て、各主格人類が守護するようになった、四つの「ノーブル・マテリアル」が存在している。
精霊族が保護する「永久の岩」、獣人族が堅持している「永劫の風」、竜族の庇護している「永続の炎」、そして人族が守護する「永遠の氷」の四つだ。
シルスリクが血で地を染める争いを繰り返されたというのに、環境が破壊されていないのは神がノーブル・マテリアルを与えたからだという。同時に、ノーブル・マテリアルは不破の停戦の証にもされていた。四つの資源がある限り、争いを繰り返してはならない。だから、各種族は全力をかけてそれぞれのノーブル・マテリアルを保持している。
タトエのかいつまんだ説明を聞いて、クレズニは頷いた。
「はい。その通りです。タトエさんはよく学んでいらっしゃる」
「お世辞はいいです。それで、サレトナとロストウェルスさんの関係について、重要な点を教えてください」
「世辞のつもりはないんですが……。まあ、サレトナはロストウェルスが聖職として祀られるようになって以降、最も珍しく特別な存在になってしまいました」
その理由の一つとして、サレトナは幼い頃から神の声を聞くことができたのだという。
「それだけなら珍しくないのでは? 僕だって、聞けますよ」
よく印象的だと言われる、三角の癖が神にあることがその証拠だ。シルスリクでは神と意思を通じ合わせられるものは髪から特徴のある癖のようなものが伸びてくるとされる。アユナもおそらく、そうだろう。
「それでも、聞こえる神の声は一柱に限られるでしょう」
「はい」
タトエが耳にするのはおそらく、星の神で分類としては小摂理神に当てはまる。
「サレトナは神の声がどれくらい聞こえるのかを、私たちに明かしてくれません。聞こえる
神がどういったものであるのかすら」
「複数の、それも高位の神の声を聞くことができると言うんですか?」
クレズニは言葉にしないで頷いた。
タトエも沈黙したまま考え込む。
端的に言うと、危険だ。先月の休日にサレトナと交わした会話を思い出す。「神様は、いるの」と断言をしていた。
確かにサレトナの耳に届くのは神の言葉もあるだろう。だが、その中に混じって神ではない上位存在がいるとしたら。その上位存在が悪意を持っているとしたら。
クレズニはタトエの思考を読んだように話し出す。
「サレトナは信仰の娘です。ただ、この世界の神は多岐にわたり、サレトナも何の神を信仰しているのかについて明らかにしてくれません。多様な声が聞こえるために、本人もどの神に魂を捧げるのかを迷っているのかもしれませんが」
「下手に神を拒むより、今の状態は危ういということですよね」
「ええ。だから、早く。せめて十八になる前に誓礼の儀を受けさせたいと私は考えています」
誓礼は唯一の神との間に守護と奉仕の契約を結ぶ儀礼のことだ。
「今年の夏が最後の機会です。私の父母ですら、どうしてここまでサレトナの誓礼を引き延ばしたのかがわかりません」
クレズニの語りには熱があった。サレトナのことを嘘偽りなく心配しているのだと、他人のタトエにすら伝わってくる。
だからこそ、次の言葉を告げるのには躊躇いがあった。
それでも言わなくてはならなかった。
「あの」
「はい」
「本人、いますよ」
気まずげに店の入り口を示すと、気まずげなカクヤと無表情のサレトナがいた。
平穏と罪業の変奏曲はいずれ 第七話
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