その後は早い夕食を済ませた後に清風とルーレスとは解散し、カクヤは英断商路を通って沈黙の楽器亭までの帰路を辿っていた。
気恥ずかしさと自信が混ざり合う。傍から見たら、自分とサレトナは桜色の縁を持った関係に映ることを教えられ、そしてカクヤはその関係が嫌ではない。サレトナとならば、もっと先に歩いていきたい。これまではサフェリアの件があって踏み出せなかったけれども、サレトナはサフェリアのことを多少だが察してくれている。それで嫌わないでくれるのならば、自分たちは花の綻ぶ関係を築けるのではないか。
サレトナは許してくれるから。
カクヤが沈黙の楽器亭を目に入れると、入り口で誰かが立っていることに気付く。目をこらして、誰かの正体がわかると駆けだしていた。
「サレトナ!?」
目の前に立って、声をかける。サレトナはゆっくりとうつむかせていた顔を上げた。
「カクヤ」
普段の余裕がないサレトナに困惑する。同時に、その弱さを愛おしいとも思った。
「どうしたんだ?」
「甘えて、いい?」
「中に入ろう」
情けない自分は、まずいまの様子のサレトナが人目につくところにいて欲しくないと思ってしまった。沈黙の楽器亭の扉をくぐり、食堂まで移動する。
食堂は休憩の時間にはなっているようだが、まだ掃除や片付けをしている従業員などがいて、午後の争いの痕跡がうかがえる。席を一つ借りることは許してもらえたが、大分目立つだろう。
そして、カクヤは温かな紅茶をサレトナの前に置いてから、話を聞く。聞き終えてから、今日の外出によって沈黙の楽器亭にいなかったことを悔やまずにはいられなかった。
カクヤがいたからどうなっていたわけではない。ただ、サレトナに傷つく出来事があったというのに、それを知らずに清風達と笑っていた自分が許せなかった。
「アルスに来て、私は一人でも大丈夫だと傲っていたの。でも、そんなことはなかった。私は変わることなんてできていない」
自身へ厳しい視線を向けるサレトナに、カクヤは言わずにはいられなかった。
「それはない。サレトナは変わっているよ」
サレトナは杏色の瞳を真っ直ぐに向けてくる。下手な慰めなどをしたら、透明な光は容赦なくすぐにでも曇ってしまうだろう。
カクヤは言葉を選びながら、丁寧に正しく伝わるように努めながら話す。
「俺がサレトナのおかげで、前を向けるようになったみたいに。サレトナも成長しているよ。休日には一人で出かけられるし、講試のスィヴィアとはサレトナがいたから渡り合えた。楽奏のアクトコンにだって、サレトナが俺を誘ってくれただろ?」
春の途中で出会った、父の背に黙ってついていくだけの少女では、ない。
サレトナは自分のやりたいことを、自分のできることを伸ばそうとしている。ロストウェルスでのサレトナがどういう少女だったのかをカクヤは知らないが、いまのサレトナのことは誰よりも詳しいつもりだ。
それほどの努力を見てきた。憧れて、賞賛できるくらいだ。カクヤが変わるために背中を押してくれたのだって、サレトナなのだから。
カクヤの話を黙って聞いてたサレトナだが、そっと、長い睫毛を揺らして上目遣いで見つめてくる。不安は未だ消えていないようだが、薄くはなってくれたようだ。
サレトナを励ますためにカクヤは力強く笑って、頷いた。
かた、と音がする。
反射的に視線を向けると、タトエとソレシカが入ってくるところだった。タトエは神妙な表情を浮かべている。
「サレトナ。やっぱり、僕じゃ頼りなかったかな」
「違うの!」
「ならいいけど」
表情を苦笑に変えたタトエの頭の上に、ソレシカが腕を置く。
「拗ねんなって」
「拗ねてない」
タトエはソレシカの腕を振りほどいた。
その光景を眺めているサレトナは申し訳なさそうにしていた。だが、目を閉じた後に改まった様子でカクヤ達に向き合う。
「カクヤ。タトエ。ソレシカ。三人に、お願いがあります」
過剰にはならない程度に背筋を伸ばして、真っ直ぐに見つめてくるサレトナの様子からは、普段は感じさせない威厳が備わっていた。
これが、ロストウェルスのサレトナなのだろう。
「私の、ロストウェルスへの帰郷にお付き合いください」
「なんで」
「多分、私は今回の帰郷ですごく苦しい思いを経験するから。安心できる人たちに支えてもらいたいの。もちろん、皆の帰郷を済ませた後でいいから」
杏色の瞳に再び見つめられる。乞う色はなかった。あるのは、真剣な祈りだけだ。
カクヤはサレトナの背負っている荷の重さを知らない。形も見当が付かない。だけれど、サレトナが荷を背負うことを止めずに、分け合うことも願わないで、ただの同伴者としていてもらいたいというのならば、答えは一つだった。
「わかった。一緒に行くよ」
「うん。僕も」
カクヤの答えにタトエも続いた。サレトナの表情が緩む。
「悪い。俺は今回は無理だ」
しかし、意外なことにソレシカはできないと言う。
「どうして?」
「セイジュリオから夏期休暇の特別課題を出されているんだよ。すぐに調べられる環境にいないと、きつい」
「特別課題」
カクヤは初めて聞く言葉だったが、サレトナとタトエは意味が通じているようだった。
「それは、何というか」
「ソレシカって本当に意外なことだけど、頭が……」
続くサレトナの言葉は聞けなかった。ソレシカもただ苦笑している。
平穏と罪業の変奏曲はいずれ 第十二話
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