昼の恋人

NOPさんからご依頼いただいた、NOPさんのお子さんの紫皇×美亜小説です。
こちらに登場するキャラクターはNOPさんに権利がありますので、無断転載などといった行為はお控えください。

 花嫁の街ヘラメイデンではいたるところで喝采の声が上がっている。
 今日は、祭だ。見目麗しい男女が婚姻のための儀式へ臨む衣装を身に着けて、各店舗の呼び込みをしている。どの店も売り上げの額を跳ね上げようと必死だった。
 その騒ぎに巻き込まれた「月下の渡り鳥」の一人、紫皇はといえば、店の売り上げよりも隣にいる空色の髪の少女から視線を外さずにまた定位置から動かさないようにすることに全力を尽くしていた。たまに背中に当てて、少女こと美亜が現在の場所から離れないように意識を戻させる。触れるたびに上を向いて恥ずかしそうに、普段とは違う花嫁姿で笑われるものだから、流石の紫皇も照れ隠しとして口を曲げずにはいられなかった。
 「花嫁の街」と称する以前からヘラメイデンは白い布と暖色の花を名産として輸出していた。だが八年ほど前に、冒険者であった過去を持つ女が町長になったのだが、彼女は名産品を加工してドレスやブーケにすることに目をつけた。そうするとたちまち各所で需要が高まり、布と花の街ヘラメイデンから花嫁の街ヘラメイデンと名が変わるまでにそれほど時間はかからなかった。
 その花嫁の街ヘラメイデンに冒険者一行「月下の渡り鳥」がどうして滞在しているのかの説明になるが、依頼のためだ。
 いつものように宿に貼られている依頼書の中で、一風変わったものが「外見に自信のある冒険者を求む」といったもので、その結果がドレスやタキシードを着て店や商品のモデルになることだった。
 冒険者であった町長は、過去の経験を生かして外見の整っている冒険者たちへこの依頼を斡旋するように宿の主へ頼んだ。街の収益を際限なく求めるというたくましさ、だからこそ過去に冒険者であれ、生き残ったのだろう。
 モデルの依頼であるが、「月下の渡り鳥」以外にもいくつかの宿の冒険者たちが集まっていた。服に気圧されない容姿と自信がある者ばかりだ。
「きれいな人が多いね」
 混雑が緩和されて、店の並ぶ通りも落ちつきを見せ始めた頃に美亜が言った。
「見た目だけはな」
 素っ気なく返すが、それは紫皇にしては珍しい賛辞に近しい言葉だった。
 紫皇からしてみれば美亜以上に可愛らしい存在はいないのだが、外見が整っている人間が集まっている点には同意できた。
 実際に戦闘で誇れるほどの力量を持っているかはまた別だが。
 紫皇は美亜から目を離さないまま、店主に声をかけて休憩を取ることにした。二人で店の裏手に用意されている簡易なテーブルセットに腰を落ち着ける。軽く軋む音がした。
 空を見上げれば目の前にいる少女の髪と同じ色が広がっている。よく晴れていて風も通るため、着こんでいても暑さはない。
 視線を戻すと、美亜は微笑んでいた。光の破片が降り注がれている様子は人気のない裏通りにいるというのに目に眩い。
 光に愛されている自覚はないまま、美亜は言う。
「ふしぎな依頼だね。だけど、楽しい」
「そうか」
 陽の下で華やかに着飾りながら慈しみの表情を浮かべる。その姿は美亜によく似合っているが、自分は違うと紫皇は分かっていた。
 月の下で刃を研ぎ澄ませて血に濡れているのが己の性分だ。
 だけど、それでも。いま純白のドレスに腕を通し、胸に赤色のリボンを輝かせている美亜と二人だけでいられる時間は失えない。
 美亜という存在を、手放したくない。
 不似合いな平穏の時間を愛おしむほど愚かではないが、過ぎ去っていくのは名残惜しかった。いま、向けられる笑顔が仲間としてのものではなく、恋人によるものだから、一層に思いは強くなっていく。
 生き残り、罪を濯ぐといった奇跡を経られたら。教会で愛を誓い、多くの人に祝福される未来も訪れるのだろうか。
 不似合いな想像に苦笑を浮かべると、声をかけられる。反射で鋭い視線を向けてしまうのだが、青色の髪の青年は吊られた赤目をそのままに、笑っていた。
「急に悪かったな。いま休憩用の飲み物を配ってるんだけど、水と葡萄酒とエールだったら何にする?」
「水を二つ」
「了解」
 ジャケットは着ていない、落ちついた色合いの赤いシャツとスラックスという格好の青年は下げていた袋から水の入った瓶を二本差し出してきた。紫皇が受け取る。
 礼は美亜が言う。
「あ、ありがとう」
「別にいいぜ。紫皇さんと美亜さんもあと二時間がんばってくれよな」
「……お前。名前は」
 自分は相手を知らない、挨拶をしたことがない仲だというのに、一方的に名前を知られていたことの警戒によって誰何するのだが、また爽快に笑われた。
「庶民派冒険者一行、無音の楽団のカクヤだ。後輩だからお手柔らかに頼むぜ」
「どこで俺たちを知った」
「いや、お二人とも有名だから。そりゃ名前くらい耳にするけどって。あーそういうことか」
 一人で納得しているカクヤに紫皇は苛立ち、いま得物を提げていないことを惜しんだ。かといって、この同業者がすごまれた程度で怯えるとも考えにくい。
 カクヤは葡萄酒を一本、テーブルの上に置いた。
「大切な人の名前を勝手に呼ばれたら怒るよな。失礼したので、これはお詫び。んじゃ」
「おい」
「ん?」
 立ち去ろうとした背中を呼び止めたのは確認したいことがあるためだ。
 紫皇がぶっきらぼうに問いかけた内容に対し、カクヤは反発しない。一、二歩だけ進んでから、振り向いて言った。
「お二人とも、似合いの恋人にしか見えないぜ。お幸せに!」
「うるさい」
 強めに語気を発してもすでにその声は届かない。
 まったくへんな奴に絡まれてしまったと頭痛すら覚えるのだが、水の瓶に手を伸ばしたところでタキシードの裾をひかれる。
「どうした」
「美亜たち。恋人、だって……」
 手が止まった。
 熱さだけではなく頬を染めて可憐に笑う姿を見たら舌打ちしかできない。
 身長差もあるのか美亜のいとけなさのためか、二人で街を歩いていても兄妹のように見られることがある。それを少しだけ悩んでいたのか、純粋に見知らぬ第三者から祝福されたことが嬉しかったのかは不明だ。
 ただ、恥じらいながら喜んでいる姿を眺められるというのにいま美亜を抱きしめられないことが、胸を圧迫させるほど辛いことだとは知らなかった。
 依頼が終わるまでのあと二時間、二人で並んでいるあいだ、恋人が人目を集めることに耐えられるだろうか。
 依頼だから耐えるしかないのだが。

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