愛しい人。であるファレンが取り出した服を見てどこの誰だったら着こなせるだろうかとつい考えてしまった。
遠い目をする繊細な造作の青年、貴海はいま自室のベッドの上に押し倒されていた。桜の精と見まごう儚い容姿に不屈の魂を秘めている何度でも言う愛しい人、ファレンは上にまたがって、服を見せつけてくる。
まだメイド服だったらマシだったのに。
「マシなのか」と突っ込まれそうなことを自然と考えながら、大きくため息を吐いた。
「で、そのライオンが描かれているシャツを俺に着てくれと」
「うん!」
可憐に頷かないでくれ。可愛さのあまりなんでもお願いを聞いてしまいそうだが、よく見なくとも頬に傷を持つ人たちが着るようなシャツはさすがに着たくない。
やっぱりメイド服のが良い。倒錯的で済む。
貴海の偏った矜持と美意識を察したのか、ファレンはシャツを下げて眉も下げた。
「いやならいい。ただ、今日。クーシンから聞いてな」
きっとろくでもないことを、パーティーのリーダーは吹き込んだのだろう。優雅にかつ大胆にティーカップを指に絡めながら微笑している様子が浮かぶ。あとで怒りに行っておこう。
ファレンは倒れ込んでくると、貴海の腹のあたりにのの字を書きながら話す。
「獅子と牡丹という言葉がとある国に存在しているらしい。それは、似合いの二つを示す言葉らしくてな? 俺はこちらの牡丹のワンピースを着て」
「わかった。着よう」
ファレンが取り出したもう一つの衣服、スリットの入った牡丹のワンピースというよりも細身のドレスと例えられる衣服はライオンのシャツと比べて、はるかにセンスが良かった。
牡丹のドレスを着るファレンが見られるならば夢でも構わない。更に現実で見られるなら、涙すらこぼして、きっかけをもたらしてくれたクーシンに感謝を伝えることすら惜しまない。
貴海の即答にファレンは一気に顔を輝かせる。
「じゃあ、貴海はこちらのライオンを着て。俺はこれを着るから」
「ああ。って、ここで着替えるのか」
「後ろ向きなら構わないだろう」
とんでもない発言に貴海は絶句する。
ファレンは顔を近づけてくると、小さな爪が飾られている指で鼻先をつついてくる。
「俺たちはこれからお似合いになるんだから。着替えるくらいなんともない。そうしろって、アルセミアも言っていたからな!」
徐々に話の方向がきな臭くなってきた。だが、もう引き返すこともできずに、貴海はファレンに背を向けてシャツに腕を通そうとする。呑気に歌をくちずさみながら、服を脱いでいく、いまだ告白を通過しないまま両思いになった恋人への悶えが増してくる。それは一種の嫌悪感を伴って貴海を苛んだ。
貴海は性欲が嫌いだ。憎悪すらしている。抱く自分も畜生だ。
だけれどファレンは愛おしい花だからいつだって手折ってしまいたい。
「ああ!」
「どうしたんだ」
振り向かないよう抑止をかけて尋ねれば。
「俺には大きいみたいで、落ちる」
まさか。
「あっはははは、あはははっははは! なにこれ受ける! 貴海、さいっこう!」
「守形! もう笑わないの!」
本気で怒る、何も知らなかったランティーネのことなど気にせずに、パーティーの盛り上げ役であるお祭り男こと守形は、腹を抱えて目の前の光景に爆笑していた。
事の張本人であるアルセミアは「ファレンちゃん本当に素敵……」と潤んだ瞳を向けて、クーシンは後ほど殴り返すための心構えをしつつ「ははははは」と悪の笑みをひたすら浮かべていた。
四人の視線の先には、ライオンのシャツを着て胸を張っているファレンと薄暗い目をしながら牡丹柄のチャイナドレスを着ている貴海がいる。
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