君には花、貴方にチョコレート

 大切な人だからこそ密かに準備して喜ばせたいし、かといって過度に力を入れすぎて格好悪いところを見せたくもない。
 つまりはまあ、そういうことだ。
 タトエという少年は纏月十四日が近づくにつれて挙動不審になっていく二人の仲間を見つめながらそのように納得していた。
 纏月十四日。その日は星愛の日と呼ばれていて、惹かれあう二人が互いに想いを込めた贈り物をする日とされている。星の神に仕えた神徒アデルスの行動が美化されて星愛の日の由来となった。
 聖職者であるタトエは当然ながらアデルスの行動の内容も学んでおり、同時に民俗文化となった行事としての星愛の日についても知っている。
 だからこそ、大切な仲間であるカクヤとサレトナがぎこちなく意識しあっているのを見て一肌脱ぐことにした。
 まったく仕方がないなあと、少し楽しく思いながら。


 纏月七日。
 カクヤとタトエは沈黙の楽器亭の厨房で皿洗いをしていた。時折他愛のない会話を交えながらの最中に、タトエは核心へ切り込んでいく。その切っ先の鋭さは肉を断つナイフを連想させた。
「で、カクヤは星愛の日にサレトナへ何を渡すの?」
「決まってない」
 率直に返されるのはわかっていた。嘘の吐けない性格をしているのがカクヤだ。
「いやさ、考えたんだよ。考えてはいるんだよ。花までは絞れたけれど、あともう一つ欲しいなって」
「じゃあお茶にしなよ」


 纏月十日。
 タトエとサレトナは絢都アルスの皇帝広場に買い物に出ていた。サレトナの視線が浮ついているのを察して、タトエはそれとなくチョコレート専門店へと誘導する。その動きの自然さは海中を漂うくらげと言えた。
「で、サレトナは星愛の日にカクヤへ何を渡すの?」
「わ、渡せないわよ! 私たちは両思いでもなんでもないんだし」
 嘘だあ。
 タトエはそう言いたい気持ちをこらえ。好きな相手にこそツンツンした反応を繰り返すのがサレトナだ。
「でもね、もしカクヤが何か用意していたら……何もないのは不義理かなって」
「そうだね。じゃあこれにしなよ」


 そして纏月十四日。
 沈黙の楽器亭の住居スペースにはカクヤとサレトナ以外の誰もがいなかった。最初はそんなことなどないと思っていたが、起床して、階段を下りていき、食堂の上に一枚の紙が置かれているのを確認してから、そんなこともあるのだとわかった。
 タトエの筆跡で「僕たちは半日ばかり出かけているからよろしくね」と語尾に星までつけられたメモが残されていた。
 これは気を遣われたなあとカクヤは確信する。後ほど他の仲間たちであるタトエ、ソレシカ、クレズニ、レクィエには何かしらの礼をしなくてはならないと。
 だがいまはサレトナだ。わなわなと隣で震えている少女をどうにかしないといけない。気を落ち着かせようと考えて、次の一言を発した。
「朝食食べるか」
「そうね」
 宿の主は幸いにも残っていて、カクヤとサレトナのためにいつもの朝食を用意してくれたが、相変わらず優美な麺屋の店主といった風情だった。無言で、こんがりと焼けたトーストにサラダ、黄色いふわふわスクランブルエッグ、焼き色のついたソーセージに牛乳といったプレートを差し出してくる。
 二人は並んで受け取って、食堂に向かって歩いていく。
 沈黙の楽器亭に在留している特客「無音の楽団」は大抵全員揃って朝食を摂るため、二人きりでの朝食というのは少ない。その理由も食事は一度で済ましたら皿洗いが楽という理由だが。
 食堂の大きくとられた窓からは朝の薄青の光が差し込んできて、今日という日を祝福してくれているようだ。晴れて良かった。曇りでもすることは変わらないが、日差しが入ってきてくれた方が気分は良い。
 カクヤとサレトナは八人がけのテーブルにある中央の席に向かい合って座り、手を合わせて食前の祈りの言葉を述べる。その後は食器が重なる音が響いた。会話はない。
 お互いに意識してしまっているのだろう。
 今日は、星愛の日だ。
 カクヤとサレトナは想いを通じ合わせているわけでもないのだから素っ気なく流してしまっても良いが、すでに花とタトエに勧められた茶葉をカクヤは用意してしまっている。このまま渡さずに済ませたらどれほどの冷笑が返ってくるかと考えるだけで恐ろしかった。タトエは優しいがそれだけ容赦はしてこない。
「なあ」
「なあに?」
「……なんでもない」
 ソーセージにフォークを立てるとじゅわりと肉汁が溢れた。店主は出来たてを用意してくれたのだろう。熱い腸詰めに歯を立てて、牛乳で流し込む。
 サレトナを見ると食べ方は丁寧だ。時折長い橙の髪が落ちそうになるのを指ですくってよける様が愛らしい。スクランブルエッグをスプーンの半分ほどでくわえる様子も可愛らしくて。
 好きだなあと、改めて思った。
 カクヤは先に朝食を食べ終える。
「ごちそーさん」
「あ」
「ん?」
「……なんでもないわ」
 今度はサレトナが同じ言葉を残した。
 カクヤはいまの間に準備を進めようと、厨房で皿とトレイを洗ってから、自室へ戻った。
 壁にたてかけてある愛刀の隣の棚にある花と茶葉の箱を手にして下りていく。誰かに見られたら言い訳もできないし恥ずかしいことこの上ない姿だ。
 そして考える。
 サレトナはまだ食事中だというのにこれらを渡すというのか。一旦引き返した方が良いのではないか。
 カクヤは階段の途中で方向を変えて、自室へ戻った。
 寝台に腰掛けながら、ばさりと倒れたい気持ちをこらえて普通に座りって花を守る。ふへえと変な息が出るのは緊張の証だ。
 視線を落とすと、花がある。サレトナのために用意した青い八枚の重ね花弁を中心とした、花束。
 過去にいた自分の運命にはその辺りの草原にたくましく咲いていた花を渡したが、いまは清楚だが人工的な花を渡すように変わっていった。サレトナは、どちらを好ましく思うのだろう。
 たん、たんと階段を上る音がする。サレトナだ。カクヤの部屋の前を通り過ぎて、向かいの右端の自室に戻っていく。
 いまが渡す好機だ。
 カクヤは部屋を出て、深く一度息を吸い、サレトナの部屋の扉を叩いた。
「サレトナー? 入るぞ」
「へあ!?」
 おかしな声だったが、気にせずに入る。
 手に、小さな赤い包みを手にしたサレトナがいた。慌てて後ろに隠そうとする。
「……それ、俺宛の?」
「わかってるなら言わないでよ!」
「だってこれで俺のじゃないとか言われたら悲しいし! ほら!」
 大股で歩くと、サレトナに花を押しつける。橙の長い髪とミントグリーンのワンピースといった格好に、青い花は良く映えた。
 カクヤは一人で満足する。やっぱりサレトナは可愛い。
「カクヤ、これ」
「今日は星愛の日だろ? 何もしないつもりかってタトエに脅された」
「脅されたから、くれるの」
「違うに決まってるだろ。俺がサレトナに花を渡したかったんだよ。で、サレトナは」
 すでに手がふさがっているサレトナは、黙って赤い包みを差し出した。カクヤは受け取って中を開ける。
 それはチョコレートだった。十二個も入っていて、一人で食べるには少し多い。
「ありがとう」
「う、ん。でも。私たち、付き合っていないからね」
 そういったかわいげの無い、素直になれないところがカクヤにとっては一番愛おしい。
「なるほど、サレトナには好きな人がいると」
「ええ、もちろん。青い髪と赤い瞳の、格好つけな誰かさんがね」
「そっか。なら」
 また一歩、近づくとカクヤはサレトナの髪をかきわけて、普段は隠れている耳を露わにさせる。唇を近づけながら吐息に近い言葉で囁いた。
「そいつから、いつかサレトナを奪ってみせるよ」
 がたりと震えて派手に体勢を崩すサレトナの背中に腕を回して、抱き寄せる。いたずらっ気に笑いながら、カクヤはそのままサレトナを連れて部屋を出て行こうとする。
「ねえ、どこへ行くの?」
「折角のチョコレートをもらったんだ。いい茶葉も用意してあるから、午前のお茶会としゃれ込もうぜ」
「ごはんも食べたばかりなのに」
「いいだろ、たまにはさ」
 そうして、階段を下りる音が響く。
 サレトナの手に渡った花は、しばらくのあいだサレトナの部屋で窓から入る風に揺らされることになるが、午前のお茶会のあいだは食堂の花瓶で仮住まいをすることになる。
 それを知っているのは、カクヤとサレトナと宿の主人だけだった。





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