【NIGHTLESS】耳を落とした日 

 鶴丸国永が耳を落とした三日月宗近と初めて出会ったのは十四歳の時だ。
 それまでは深藍色の髪に行儀良く乗せられていた三角の耳は、名残など欠片も見せずに消えてしまっている。丸い頭が近づく様子を「とんだ驚きだ」と内心で興奮している鶴丸国永の隣に座っている一期一振も、三日月の頭を見ると、金の瞳を丸くした。
 これは三日月の身に何があった、ではない。確実に何かあったのだ。
 そもそも子どもであろうとも大人でもあろうとも耳と尻尾が落ちる条件は一つしかない。
 性交だ。
 三日月が誰かとまぐわった証を隠しもせずに堂々としているのは、強引に精を放たれたのでもなく、花を散らされたのでもなく、望んだ相手と白絹のヴェールで包まれた時間を過ごしたためだろう。そんな至高の時間を想像したら笑うしかなかった。
 先週の金曜日には三日月に耳があったことを鶴丸も一期も知っている。だから、耳を落としたのは土曜日か日曜日だ。そのどちらかに、三日月は抱く、あるいは抱かれた。そんなことをする相手は誰かと聞かれたら、心当たりは一人しかいない。
 耳を落として澄ました顔をしている同級生は矜持も高ければ、潔癖で、甘い言葉を囁かれたら万倍辛い言葉で踏み躙ることを趣味としている、真性のサディストで有名な三日月宗近だから。彼以外だったら、心配の言葉を一つや二つは投げかけたかもしれないが、鶴丸にしてみれば。
「とうとうやったんだな」
「なんの話だ?」
 後ろの席に座る前に笑んだ言葉を投げかけるが、三日月はいつもの通りののほほんとした調子を崩さない。
 それどころか、誇らしげだ。
 はしたない大人へ誰よりも先になったことを自慢しているのではなく、というところまで鶴丸が考えてから、いつも三日月の傍らにいるはずの白い獣がいないことに一期が気付く。
「あの」
「耳はどうしたんだよ。問題児」
「見ればわかるだろう。それとも、事細かに聞きたいのか?」
 一線を越えた者だけが持つ艶やかな笑みを浮かべられ、多少の不愉快を鶴丸は覚えた。
 決して三日月に惚れていたわけではないけれど。それに三日月が、自分と同じ名前を持つことを考えたこともないけれど。こいつにだけは先を越されたく無いと思っていた相手が、容易に倫理の壁を飛び越えたと思うとなんだか悔しい。
「俺も耳を落としたいな」
「鶴丸さん!」
 びくっとするほど怒られた。
 一期は真面目な顔をして鶴丸をにらみつけている。滅多に浮かべられることの無い表情に少しだけぞくぞくしたが、それを言うとまた説教が飛んでくるのはわかりきっているので、降参と両手を挙げた。
 その騒ぎを聞いていたかのように、教室の扉が開く。
 かつん、と硬い靴音が立った。その後に頬で撫でられたくなるほど見事な真珠色の髪を揺らして入ってきた、九条小狐丸に視線が集中する。
 彼の頭には獣の耳が残っていた。
 その色も雪褐色のままだ。
 どういうことだ、と三日月を見るともう机に突っ伏して目を閉じている。
 小狐丸は慣れた様子で三日月の隣へと歩いていき、その途中で鶴丸と一期に目を留めて微笑んだ。
「おはようございます」
 朝に相応な清々しい笑顔に毒気が抜かれる。十四歳の子どもが持つ下世話に対する好奇心が色を無くしていった。
 となりそうなところだがそうもいかない。
 鶴丸は、指で三日月を示す。小狐丸は歩いていくと斜めに背負っていた芥子色の鞄を机に置いてから、紺色の髪をかき分けた。
「寝癖がついていますよ。全く、だらしのない」
「んん」
 いまだ繊細だが男に近くなりだした手に触れられて、心地よさそうに三日月は目を細める。その姿は、同じ床で朝を迎えた者のじゃれ合いにしか映らない。
 だが、小狐丸には耳が残っている。
「三日月さんの相手は、小狐丸さんではない?」
「不思議なことを言うな、一期。もし小狐丸が俺以外に手を出していたら、締め殺しているさ」
 さらり、流れるように言われた。
「ありえないことを恐ろしく話すのですから。大丈夫ですよ、三日月。私の名前は貴方だけのものです」
 直接見せられてはいないが、三日月と小狐丸に名前が出たことは一文字則宗から鶴丸と一期も聞いている。ただ、出た場所は「二人だけの秘密だ」と言い切られ、頑なに見せない。それでも強引に見ようと風呂に連れ込もうとしたら、振り切られ、翌日には二人揃って言語戦闘の際に殴ってきた。
 痛い思い出ばかりだ。
 ただ、名前だけは教えられている。
 九条小狐丸と三日月宗近は『NIGHTLESS』だ。
 意味は、わからない。二人は気付いているようだが、それもまた教えてくれなかった。
 机の上から小狐丸の胸の上と腕の中に移りながら甘えている三日月を見つめていると、鶴丸は少しわかってきた。
「小狐丸。耳、さわらせてくれよ」
「だめだ」
 三日月が即答した。その声の、冷たさといったら氷すら生ぬるい。
 事情が飲み込めた鶴丸はこれ以上、馬に蹴られず猫にも踏まれたくないため、前に向き直る。まったくもってつまらない。
「どういうことです?」
「付け耳だろ。もとから、小狐丸の耳を三日月は両方とも見せたがらなかったしな。まあ小狐丸の方が、少しばかり貞淑だってことさ」
「はあ」
 そういう一期の顔は「貞淑」という言葉の意味を調べ直すべきだと言っている。
 後ろからは三日月の声だけなら愛らしい、と褒められる甘えが響いていた。




    未分類
    良い! と思いましたらシェアをお願いします。
    ツイッターをフォローして最新情報の入手や交流を!
    不完全書庫

    コメント

    error: 当サイトは右クリックによる操作ができません。申し訳ありません。
    タイトルとURLをコピーしました