檻の中の幸福

 とうらぶのこぎみかです。
 注意書き:二振りの子供がいます。また、刀剣破壊を連想させる表現があります。




 どこにも辿り着けない白い蝶が飼われている本丸での出来事だ。
 宵闇色の髪をした子どもがどうしてか木に向かって鞠を投げている。人の体を持ちながらも人であらざる刀剣男士という存在を相手にしようとせず、木の幹にぶつけてはててんと転がっていくのを拾うという行為を飽きずに繰り返している。
 その光景を木の長椅子に座って見守っていたのは青い狩衣姿の三日月宗近だが、流石に三十一回目になった頃には名前を呼ぶ。
「宵」
 愛しい番と同じ赤色の瞳が向けられた。その瞳に欠けた月はなく、代わりに獣の瞳孔が宿っている。「なあに」とくりんとした目とかしげた首で問いかけられて、両手を前に出す。
「俺にもその鞠を投げてくれ」
「やだ」
 すげなく断られて、また宵は木に向かって鞠をぶつけていく。
「そう言うな。俺とて手鞠は嗜んでいるんだぞ」
「かかさまに手を出したらととさまに叱られた」
「それは叱るだろうなあ」
 いまはまだ四尺ほどの子どもだが、立派な大人になった宵が三日月に迫るのを見て白い髪を逆立てる小狐丸を想像したら幸せになれた。
 宵は、三日月宗近と小狐丸の子だ。
 時の政府から試験段階として持ちかけられた話を利用し、互いの情報を掛け合わせた刀剣男士を一振りだけ造りあげた。
 それは身勝手な行為であり、命を弄んでいると責められても仕方がない。ただ先に自分たちを励起させたのは人だろうと知らぬ顔もできるのだが、三日月も小狐丸も宵に関して全ての咎を背負うことを覚悟していた。
 多くの命を踏みにじって立っているというのに、命を育むという矛盾。
 未解析で不具合の多い生を与えるという非道。
 それでも、三日月は小狐丸との繋がりが欲しかった。後に遺るものが欲しかった。ただの交合を繰り返すのではなく、意味のある結果を求めてしまった。
 それが、宵だ。
 いまの三日月が慈しむべき、守るべき全てだ。
 三日月は鞠を無理強いせずに、投げ続けていた宵を眺めていたが、やがて飽きたのか三日月の隣に腰を下ろして何も言わずに三日月の湯飲みを手に取った。本来なら、先に言葉をかけるように言うべきなのだが、一生懸命に喉を鳴らす宵が可愛らしくて見守ってしまう。
 小さな口から湯飲みを離して、頭を下げる。
「ごちそうさまでした」
「あい」
 どうしてか、三日月も頭を下げた。
「ねえねえ、かかさま」
「うん?」
「どうしてととさまは畑に行ったりするのに、かかさまはいつもここにいるの」
 内番といった仕事を割り振られずに、卯月以降は出陣も、修行の許可も下りずに宵の傍らに常にいるのはどうしてなのか。それをまだ純粋な思考を持っている相手に説明するのは難しかった。だから三日月は曖昧に微笑む。宵は、三日月がその笑顔を浮かんでいる時は泣いても拗ねても、怒っても動じないことを学んでしまっている。
「どうかしましたか」
 遠くから声が聞こえたと思えば、本丸の裏手から白い出陣姿の小狐丸が近づいてくる。
 出陣は、無事に終わったようだ。
 そのことに胸をなで下ろしつつ、三日月は穏やかに微笑む。宵は小さな右手を振った。
 小狐丸は宵の脇に手を伸ばすと抱き上げる。片腕で軽々と支えるのだが、宵は小狐丸の腕にしがみついた。
「今日は、無事か」
「ええ。今日は無事ですよ」
 改めて確認をして、気付かれないように息を吐くがめざとい狐にはそんなものすぐに見破られる。赤い目を細められることにより、たしなめられた。
 それも仕方がないことだというのに。極かつ練度の高い小狐丸は危険な地にばかり出陣させられる。宵が造りだされてから、一層その傾向は強まった。
「ととさま。どうしてかかさまは、いつもここにいるの?」
「それはですね、三日月は怠け者だからです」
「なまけもの」
「小狐」
 低い声で脅しをかけたら、くすくすと笑われる。
 確かに勤勉とは言いがたいが、これでもがんばっているというのに。
 宵はしばらく小狐丸の肩にいたが、しばらくするとむずがりだして、小さな手でてこてこ叩きだす。叩かれた小狐丸は、三日月の腕の中に宵を戻した。
 くあ、と大きなあくびを一つすると、赤い目を閉ざして眠りに就いた。その様子はかつての自分が小狐丸の腕の中で眠っていた姿を思い出させる。
「さて、戻るか」
 震えそうになる声を抑えながら、三日月は宵を起こさないように丁寧に立ち上がる。そうすると、小狐丸の顔がすぐ近くにあった。いつ見ても端正な顔立ちに、自分とは違う凜々しさに目を奪われる。
「ぬしさまは、まだ私たちを許しませんか」
「俺がここにいるのがその証明だろう」
 小さな声に小さな声で返す。たくましい腕が回ってきて、小さな魂と一緒に抱き留められる。
 白蝶の本丸を任された審神者は、人として平均的といえるだろう。
 三日月宗近にある種の感情を抱いている一点を除いては。
 審神者が三日月に抱いている感情が。愛情なのか憎悪なのか心配なのか諦念なのか、日によって、場合によっては時によって色が変わり判別がつかない。
 ただ、この本丸は三日月宗近を閉じ込める檻となった。宵が質で、小狐丸が餌だ。そのことを二振りとも理解している。宵を抱き上げた時に確信させられた。
 情報を混交させて、人工的に刀剣男士を試作する。その提案は愛し合う二振りを祝福するために提示させられたのではなかったのだ。
 どうして、あの審神者に励起させられたのかと悔やむことはない。それがなかったら自分の小狐丸とは出会えなかった。あるのは恐怖だけだ。
 いつか小狐丸と宵が折られるのではないかという三日月の恐怖と、三日月と宵を奪われるのではないかという小狐丸の疑心だ。
 それでも、いまはここにいる。
 ここにいるしかなかった。
「三日月」
「なんだ」
「今日の夜に罪を負いますが、貴方はどうします」
「お主の進むところならば、黄泉路であっても共にいこう」
 重ねた手に込められる力は、儚くとも確かだった。




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