体温(2022/09/03)

 夏の終わりであっても青い桜が空を舞う本丸でのことだ。
 小狐丸が出陣先から帰還したのと同時に、博多藤四郎の率いる遠征部隊も無事に帰ってきた。その中には三日月宗近もいた。
 三日月は顕現された頃から小狐丸がいない遠征へ組み込まれることに消極的であり、小狐丸も卯月に負った心的外傷によって三日月から目を離したがらない。だが、最近になってそのままでいるのはやはり良くないという判断が審神者から下され、二振りは少しずつ距離を取る練習をさせられるようになった。
 仕方のないこととはいえ、小狐丸はいつも不安に駆り立てられる。子離れできない親のようだと己に呆れてしまうのだが、内気であるため感情が臨界点に達すると何をしでかすかわからない三日月のこともよく知っているため、自分の心配は正当であると考えている。
 何よりも、彼とは番なのだ。
 小狐丸は近侍に戦果を報告し終えてから視線を動かす。時空転移装置の近くで博多の報告を聞いている極の出陣姿の三日月宗近はいつもの通り平然としている。
 しているが。
「失礼」
 小狐丸は一言だけ言い残すと。傾きかけた空の下、石畳によって舗装された地面を踏みしめて三日月に腕を伸ばした。突然引き寄せられたことに目を丸くさせられるが、両腕で首を保定し、膝の下に左腕をくぐらせて三日月を姫のように抱きかかえた。
 その場にいた十振りが唖然としているが、小狐丸は一度、小さく頭を下げてからのっしのしと本丸の居邸に上がり、自分たちの部屋に向かって歩いていく。腕の中の三日月は、言葉も行動も抵抗しないまま。小狐丸に身を任せていた。小さく、袖をつかまれる。控えめな仕草からどれだけの緊張を覚えていたのか伝わってきて、胸が痛んだ。
 普段はしないが両手がふさがっているため、足ですぱんとわずかな隙間から障子を開けると、室内に入って三日月を強く抱きしめた。獣が子を守るように隠してしまう。
「……無理をして」
「だって、情けないだろう。ただでさえお主がいないと夜は呼吸できないというのに、昼間の遠征すらもたない姿を見せてしまったら」
 そう言った三日月の顔は白い。強い負担がかかっているというのに穏やかに微笑むことによって周囲は誤魔化せるのだろうが、白面を知っている小狐丸としてはどれほど無理をしているのかと憤ってしまう。せめて、自分の体温で落ち着かせられないかと抱きしめる力を強くした。それに安心したのか三日月は目を閉じる。
「お辛かったのでしょう」
「情けないことだが、そうだな。振り向いたときにそなたがいないだけできりきりこの身を削られる気分になる」
 三日月宗近は戦場という画布に酷惨を描き出せるほどの刀の腕を持っているというのに、小狐丸がいないだけですぐに儚くなってしまう。それを、三日月の弱さとして見なすのではなく小狐丸の強さに変えてしまっているのもよくないことだと気付いている。気付いているのに、三日月が自分に縋るのを小狐丸は止めさせることができない。それどころかさらにさらにと甘やかしてしまう。
 甘い蜜に溺れてしまうように仕向けながら小狐丸は三日月宗近の全てを許容する。
 本当は、三日月が自分から離れてしまうのが怖いのだろう。それを素直に告白できない己の方がなんて弱い。
 黙って、抱きしめて、髪を梳き続ける。
 日が赤みを帯びた頃に、ふと陰が差した。誰かと振り向く前にぱっと障子の裏に隠れられてしまう。どうしてかはすぐに分かった。
 障子越しの影を見つめる三日月の瞳は一分の熱もないほどに冷えていた。
 まだ、警戒が解けない番の背を撫でて宥めながら、影に何用かと問いかける。
「主が、よんでいたぞ」
 それだけを言い残して去っていった。足音が遠ざかってから温度を取り戻した三日月の瞳に囚われる。
「行くのか?」
「行く気がありません」
 どちらに用事があったのかも聞けていないのもあるが、いまは三日月が一番大切だ。髪に頬を寄せる。熱は少しずつ取り戻されているようだがまだ冷えている。
「主に、かまわれるのは好きなのだろう」
 落とされた言葉に滲んでいた拗ねに、小狐丸はくすりと微笑みかけた。
「構われるまでは、ね」
 三日月の前髪をよけて、続ける。
「私は貴方と反対なんですよ」
 触れられることは許せるが、自分から相手の気を惹くのは好まない三日月。
 相手になるのは好きだが、触れられることはやんわりと避ける小狐丸。
 互いが温もりを分け合いたい相手は限られている。
 だから、いまこの狭い世界には二振りだけだ。

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