むかしむかしのつきとあにさま

注意:三日月さんが女体化しています!

 その方を、その刀を見た一期一振は。
 なんて美しいのだろうと言葉を紡ぎかけた。
「三日月宗近だ。よろしく頼む」
 ふんわりと微笑む姿は桜が美酒のたたえられた器に落ちる風雅を感じさせた。
 いまは夜だ。人は誰もが寝静まっている中で付喪神の宴会は執り行われる。一期は物の盛り上がりにいつまで経っても慣れないため、そういう時は兄弟のもとへ行くか一人で目を閉じていることが多いのだが、並んだ相手はそれを許さない。言葉にするのでも態度にするのでもなく、放っておけない雰囲気があった。
「申し遅れました。私は一期一振という、粟田口の太刀です」
「そうか。俺は三条宗近に打たれたという」
 長い夜を切り揃えた黒髪を揺らし、青い狩衣の袂を翻しながら三日月は一期の隣に身を落ち着かせる。打たれた年代は自分よりも昔だが、弟妹の気質を感じさせる振る舞いだった。
 部屋の片隅に座っている一期は、何を言おうかどうしようか考えあぐねてしまうのだが、急に三日月が顔を寄せてきてびっくりした。端麗な面差しが瞳の中に飛び込んでくるのだ。驚かないはずがない。
「緊張しているな」
「あなたのような方を見て、己が振る舞いを気にせぬものはおりますまい」
「俺は、そういうものに囲まれてきたからなあ。今剣、岩融。石切丸といった兄上にな。それに」
 遠くを見られる。本当に、遠くだ。現世よりも遙か先にある刀はおろか人の手でも届かない幻世を探し求める目をしていた。
 そのとき、一期は三日月の瞳に月が浮かんでいるのに気づく。宵の瞳に朧に浮かんでいる、黄色は淡く滲んでいた。
「どれ、昔の話をしてやろう」
 そうして三日月宗近の話は始まった。


 三日月宗近には覚えている限りでも結構な数の兄がいた。
 小さくとも存在の強い今剣、大きくて豪快で優しい岩融、やっぱり大きくて穏健で鋭い石切丸。
 そして、小狐丸だ。
 三日月がこの世で唯一、影を追う兄であり、三日月にとって世界の始まりだ。
 いまでも思い出せる。そのときの三日月はまだ、物心もついてない。刀に魂を宿らせることもできない不器用な存在だった。
 意識らしいものの始まりは緑の屋根の下で、それでもこぼれ落ちる雨に頬を打たれながら、考えていた。
 いる。
 いるの。
 おれはいるの。
 それしか考えられなかった。普通はどうして、ここにいるのかを疑問に思うのだろうが、その頃の三日月は幼すぎて疑問を抱く、ということすらできなかったのだ。
 そうして葉先から垂れる雫に目を閉じているあいだに、触れられた。熱い手だった。
 急に広がったがいまだぼんやりとした視界の中で鮮明なのは白と赤だけだが、その時から、その二色さえあれば何もいらなかった。それだけが三日月に焼き付いている原風景だ。
 白い光は言う。
「ととさまの手を煩わせるでない。おぬしのところに、還るぞ」
 火ほど熱くはない。だが、確かに魂を震わせる熱に身を委ねながら、三日月は連れていかれる。どこに行くのだろうという謎も、それどころか恐怖すらもなかった。
 この白と赤に全てを預けていればいいのだから。
 そうして刀の三日月宗近は、小狐丸の手によって刀に宿り、誕生した。彷徨していた魂は鉄に身を宿して、神の片鱗を見せるようになった。
 それは小狐丸にとってはいい迷惑だっただろう。
 ようやく魂が落ち着く場所を見つけた。それなのに、いつもよてよてと三日月は小狐丸の後を追って歩いていくのだから。
 いま語っている三日月にしてみれば、すでに同じ刀工によって生まれた太刀として鋼が共鳴していたために、惹かれたのも当然のことなのだが、鈍感な狐のあにさまはそんなこと気にもしない。
 頭に三日月を乗せながら、夕暮れの三条の邸でのたまう。
「これはなんじゃ」
 それを見て、笑いを隠さずに岩融は言った。
「我らが弟妹、三日月宗近ではないか」
「そんなことはわかっておる。どうして、私にばかりしがみつくんじゃ」
「君はつれなく言うけれど、三日月が私たちに懐いて君を見もしなくなったら、面白くないだろう?」
 ぐっさりと刺した。石切丸は、和やかな語り口だが目をそらせない事実という切っ先で小狐丸の柔らかいところを傷つける。
 暗に、三日月に優しくしてやれと言われたことを察した小狐丸は頭から垂れていた三日月を両腕で抱き上げる。
 熱が伝わる。全身に痺れるように走っていき、あにさまと一つに溶けあう真似事をしていることが、たまらなく全てを震わせた。歓喜、という感情だろう。
 眺めていた今剣は、ふと言った。
「でも、みかづきはいまだおとこもおんなもさだまりませんね」
「なにを言いますか、今剣。三日月は立派なおなごではありませぬか」
 三対の視線が突き刺さった。
「まさか、小狐丸。お主はもう」
「手は早い方だと聞いていたけれどそこまでだったとは」
「せきにんをとりなさい」
 それぞれからごうごうと非難の言葉を投げかけられて、災難だったのは小狐丸だろう。慌てて弁明しようとする。
「手など出しておりませぬ! みかづきからおなごの、あまやかな匂いがするのが、兄上たちにはわかりませんか!」
「「「わかるはずがない」だろう」でしょう」
 小狐丸はぐうの音もでなくなってしまうのだが、それを気にせずに三日月は小狐丸の髪を引っ張っていた。引っ張っていたのだが、ふと耳状の毛先をやたらめったら触れ出す。
 落ち込んでいた小狐丸もいきなりの過接触に「やめい」と頭を振るのだが、小さなもみじの手は止まらない。伸ばし、撫で、引っ張り、自分の耳を叩く。
「あにさま、ないない? おみみ、ないない?」
「あるわ。だが見せぬ」
「あにさま、ない!」
「だからあるわ!」
 一喝された。面白くのない三日月は、小狐丸の顔に腹からのしかかって押し倒した。がばんと痛々しい音がして、小狐丸の頭が床にたたきつけられる。
「おもいだしました」
「なにをだ? 今剣」
「まえにぼくはいったんですよ。みかづきに。おまえがおんななら、こぎつねまるにとつげるのにね」

 そこで話を切ると三日月は言う。
「まあ、そういうわけで俺は刀ではあるが女でもあるようだ」
「はあ」
 静かに手が添えられた、豊かな膨らみに目を向けかけて慌てて一期は顔を反対にそむける。いまの話だけでも、見てはならないことは十二分に伝わってきた。
「なに。見るだけならかまわんぞ。あにさま以外に触られるのは勘弁だがな」
「壮大なのろけ話をありがとうございました」
「はっはっは。俺とお前は、夫婦の刀になるらしいが。俺が嫁ぐと決めたのは小狐丸というあにさまだけなんだ。それは言っておかないと悪いと思ってな」
 一期は微笑み、強く頷いた。
「口説いてもいないのに振らんでください」



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